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卒業制作

オーディオブックURL:https://youtu.be/meEP4uIhqQY

以下、原文。

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「先輩サイコっすわ。やっぱり先輩サイコパスっすわ」

後輩はしきりに僕をそう評する。僕はそれをあしらいながらも、どことなく嬉しそうに答えた。

「俺はこの作品で展示会場の作品の本質をえぐり出しこれを以て、『芸術』の名を冠したビジネスへの批判を行おうと思う」

僕は展示室の壁に額に入れたA4用紙を飾っていた。それは三年分の授業料納付書類だった。題名には「総製作費」と書いてある。

明日、僕が通う美術専門学校の卒業制作の展覧会がある。僕たちは今その準備をしていた。

僕の通う美術専門学校には3つのコースが有った。それはイラストレーション科、キャラクターデザイン科、そして僕が所属する美術科だった。

僕ら美術科の学生数は全体の2割程度で、その他8割はイラレ科、キャラデザ科だった。この8割の学生は主にアニメや漫画の絵を描いていた。

この展示会の設営において僕たち美術科の生徒は、イラレ科やキャラデザ科の人数に圧倒され肩身が狭かった。

ガヤガヤと、展覧会前の興奮と熱が籠もる彼らを尻目に僕はつぶやく。

「萌豚どもめ」

僕はそう一言、学祭のノリに浸る彼らを罵る。そして、もう一つの作品を展示室の片隅に設置していた。

僕の所属する美術科は主に油絵や彫刻などを展示していた。それらはイラレ科やキャラデザ科のアニメ・漫画絵と打って変わって硬派であり、技巧的であり、退屈で印象の薄いものばかりだった。

そうしたサッパリした作風ゆえに、僕たちの美術科の作品はアニメ絵が大半を占める展覧会において、「孫が描いたアニメの女の子の絵に胃もたれを起こした年配参観者」の、箸休めのような役割を担っているようであった。

ただ、僕は違った。むしろその年配の胃を更にもたれさせるような作品を作っていた。

「先輩、これはここでいいですか?」

彼は僕の作品の展示方法について訊ねていた。

『お父さん、お母さん、ありがとう』

そう書かれた題名の札の横には紙粘土で作られた、30センチほどの両親の立像があった。背広のお父さんと、惣菜売り場のパート風制服のお母さんの立像だった。

それは誰しも小学生時代に工作の時間につくったモチーフだった。しかしあの時の、小学校1年生の時の、まだ若い両親の姿ではない。

僕が作ったのは中学進学、反抗期、私立高校、そしてこの美術専門学校に通わせた後のお父さんとお母さん。すでに初老を迎え老いた姿。

ようやく楽が出来ると思っている安堵を覚えたのも束の間。まだ就職先が決まっていない子供の行く末を不安に思う、苦味のある表情。そんな彼らは未だ、仕事の服を脱ぐことが出来ずにいる。

立像はそうした想いを表現し、仰々しく飾られた授業料振り込み用紙を額に入れた作品、「総製作費」の下に佇んでいる。

「展覧会とのたまって芸術性を強調しているが、その実態は単なる子供の学習発表会。隠蔽された展覧会の『参観日性』をここに暴露し、そしてこの参観日がいかに金がかかっているか、『数字』という現実をもって観覧者に気づきをあたえる」

僕は嫌味たらしく笑いながら、この作品を後輩に説明していた。

「おい宮崎、おまえちゃんと先生に登録用紙提出したのか!?」

僕が気持ちよく語っている時、同じ美術科在籍の吉岡が口をはさむ。いつものようになんとも偉そうな口ぶりだ。

彼はいけ好かない奴だった。なんというか、出会った時から気に食わなかった。

「だいたいなんだお前の作品は。現代アートのつもりかしらないが、僕ら伝統ある美術科の展示物としてお前だけズレてるんだよ!つまらないことするな!」

そう言って彼は背後にある自身の作品を指差した。

それはこの地域特産の果物の静物画だった。構図やデッサンに狂いがなく、色も反対色を器用に使いこなした絵だった。ただ、それは明らかに市のコンクールの審査員の中に必ずいる、市役所の文化促進課職員のウケを考えた作品だった。

その目を覆いたくなるほどの「おひねり頂戴」的な姿勢が全面的に押し出された作品。作品というより、接待の席の腹踊りのような宴会芸に類する下品な代物だった。

彼がこの専門学校で磨き上げたその腹踊りが功を奏したのか、作品の横には「〇〇市コンクール大人の部入選」と仰々しい札がはられていた。

「ブランドはっさくの静物画?お前の発想力は義務教育時代から伸びてないんだよ。賞状を子供部屋にいつまでも飾って、誇らしげに生きてろ」

吉岡のような人間はどの分野にもいる。先生や上司からどうすれば気に入られるか考え、日々虎視眈々と目を泳がしているタイプだ。

吉岡は小学三年生の時、「車椅子のおじいちゃん」の絵が街のコンクール銀賞に選ばれたことに味をしめて以来、こうした市町村の文化予算を使うためだけのコンクールの常連となった。

彼は口にはださないが、どうすれば先生や役場の人間から気に入られるかよく知っている。

今回の作品も、小学生時代から続く「一発芸」の一種だ。また、吉岡は媚びへつらってまで市のコンクールで入選したにも関わらず、卒業後、しがない広告代理店の下請け会社に就職するそうだ。

僕はおもむろに余った入学金納付書にスティックのりをつけた。そして、彼の作品の真横にそれを貼り付けた。

「こうした方が、お前の両親にとってもわかりやすい」

そう僕が言うや否や、吉岡は僕に飛びかかった。

後輩は「やめてくださいよ」と笑っていた。

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「へぇこの女の子の絵を卓ちゃんが描いたの?絵が上手くなったねぇ」

葬式で使うようなパールのネックレスをつけた老婆がそう驚いたようにアニメキャラが描かれた絵を評する。その横には同じくよそ行き姿の両親とおぼしき初老の男女。彼らは「キレイね」、「うん」とどことなく義務的な相槌を打っている。

「おばあちゃんまで連れてこなくてもいいじゃないか!」

そう文句を口にしているのは、キャラデザ科の学生だった。彼が実家に暮らしていた当時、引き出しの奥に隠されていたアニメの女の子の絵。それが今家族一同の前で、額に入れられ、飾られている。

卒業作品展覧会当日。こうした光景が至るところで散見された。

「まぁこっちは可愛いお人形さん」

美術科のセクションに入った老婆はそう言うと、上方からの照明に照らされているそれに近づいた。光の具合により、その作品に宿る「老い」は更に強調されていた。

その光景はまさに、この展覧会において、まだ就職先すら決まっていない息子の卒業の意味を見つけることの出来ない初老の両親の姿そのものだった。

「お父さん、お母さん、ありがとう。まぁ、そういえば卓ちゃんも小学校のときにこういうのつくったわよね?」

そう老婆の問いかけに対して、まさにこの作品のモチーフとなっている夫婦は答えることが出来なかった。

「総製作費」

彼らはそう題名をつけられ額に入れられたそれに釘付けになっている。

それはつい先日分納を終えたばかりの授業料納付書類だった。ハンコの場所には、赤黒い絵の具が滲んでいる。

「だから私は簿記の専門学校のほうがいいっていったじゃない…」

そうつぶやく母親に対して、父親は一瞬、表情を強張らせる。しかし何も言わず、再びその作品に向き合った。3,300,000万円。その金額が何かの誤りであればと願い、再び桁を数える。だがそれは間違いなく、この三年間の学費総額だった。

「これだよ、おれはこういうのをやりたかったんだ!」

自身の作品を前にして打ちひしがれる人々をみて、僕は大満足であった。

確かに、数組に一組は僕の作品の前で足を止めている。これを見てしまえば、その後にある吉岡のはっさくの油絵なんて目にも入らないだろう。

「先輩ほんとサイコっすわ!!」

後輩は僕をそう面白そうに囃し立てている。僕は満更でもない表情でそれをあしらう。

「なにが現実か目にもの見せてやらなければならない」

僕はそう吐き捨てた。

あの学生の親は、息子にこれほどまでの投資をした結果、彼が、「就職先」をみつけることが出来なかったことを深く悔やんでいる。

それは本当に彼が悪いのだろうか。

そもそも、こんな美術専門学校を出ただけでは、プロとして仕事がもらえるはずがないことは周知の事実のはずだ。両親もそれを考えなかったはずがない。

なのに、そうした現実を覆い隠し、美術を学びたい学生の「夢」だとかに漬け込み金儲けしている専門学校。なにより、僕たちのような芸術を学んだ人間を受け入れる余剰のない社会そのものが悪いのだ。

結局僕らはこの専門学校を卒業したところで、居酒屋の店員や携帯ショップスタッフ、よくて広告やHP制作会社の下請けくらいの仕事にしかありつけない。

そこでこき使われているうちに、「ああ、やはり簿記の専門学校へ行けばよかった」と思うのだろう。

僕たちが学んだデッサンの基礎や芸術理論は、店のポップやチラシとなり、雑踏の中で踏みにじられていくのだ。

僕はそんな現実が耐えられなかった。なのでこの春から関東の芸大に転入する準備をしていた。僕はなんとしてでもこの道で生きていく。

そう考えている時だった。

「あれ、サワコ先輩がきてますよ?」

後輩がそう窓の外を指差した。

僕たちのいる2階の展示室から見下ろすと、1階エントラストにサワコがいた。サワコはこの美術科の一つ上の先輩であり、僕の元彼女だった。ちょうど一年前、僕らは彼女の卒業と同時に別れた。

一年ぶりに見る彼女は、以前と明らかに雰囲気が変わっていた。

長く伸ばしていた黒髪は、セミロングくらいに切られ少しだけ明るく染められている。服も仕事終わりなのか、所謂オフィスカジュアルだった。たしか彼女は卒業後、日傘のメーカーでつまらない事務仕事をしていたはずだ。

「サワコ先輩、前と全然違いますね!さすがに会社へ昔みたいなゴスロリ服で行けないっすよね!あれ、まだ先輩たちって連絡してるんですか?」

後輩は、以前社会に適合できるか不安になるような奇抜な出で立ちだった彼女の、卒業後の変貌ぶりに驚きながら僕にそう問うた。

しかしその時僕は、すでに2階から彼女のもとへ向かっていた。

階段を駆け下り、エントランスへ急ぐ。

階段おりエントランスへと続く廊下の曲がり角を曲がった時、サワコたちが見えた。サワコは美術科の先生と、よりにもよって吉岡と談笑しているところだった。

「久しぶり!なんでここにいるんだよ!」

僕の呼びかけに彼女は気付く。

「私、もう帰ります」

そう先生に言うとサワコは踵を返し、展示会場から飛び出した。彼女は明らかに僕の知るサワコではなかった。以前愛着していた重そうな厚底のブーツではなく、動きやすそうなパンプスをカツカツと鳴らし、僕から遠ざかって行く。

肩からずれ落ちるビジネスバックを何度もかけ直している姿に、かつてゴスロリ服をきて僕とデートをしたり、夜遅くまでイラストを書いていた彼女の面影はなかった。

どうして、こんなどこにでもいそうなつまらない人間になってしまったのか。

「ちょっと待てよ」。僕は並走しながら彼女をまじまじと眺めた。

昔の面影が失われたことにがっかりする反面、久しぶりにあった彼女に僕は胸の高鳴りを感じた。

「待てっていっているだろう」。そう言って僕は彼女の腕を掴んだ。

その時だった。急に吉岡が間に割って入った。「お前いいかげんにしろ!!」
そして、あろうことか僕に蹴りを入れた。

その行為に怯み、僕はサワコの手を離した。サワコは急ぎ足でどんどんと駅の方へ歩いて行く。

僕がそれを追おうとすると、吉岡は再び僕に蹴りを入れてきた。

僕は去っていくサワコと、蹴りを入れて来た吉岡とを交互に見た。そして吉岡の方へ向かい合った。まずこいつをなんとかしないと行けない。

彼は振り返った僕にすこしたじろいでいるようだった。そうだ。僕は高校時代体育の柔道の時間に習った「大外刈」を思い出した。

僕は彼に掴みかかると、臆した彼は自ずと後ろに下がった。その勢いのまま僕が軽く足をかけると彼は転んだ。

「うわぁ」と言って、吉岡はゴロンとアスファルトの上に転がった。

それを確認し、僕はサワコの方へ振り返った。サワコはすでに駅前の雑踏の中にいた。もし今僕があそこへ走っていき、彼女に騒がれでもしたら警察沙汰になる可能性がある。

そうなればこの春から大学に入学出来なくなってしまうかもしれない。

「お前いい加減にしろ!なにをやってくれてるんだ!」

アスファルトの上でえらく怒っている吉岡に対して僕は吐き捨てた。

「お前と俺、どっちが強いかお前を教育する必要があった」

そうこうしている間にサワコはどんどん遠くにいっている。もうどうすることも出来ない。

とりあえず何か叫ぶか、僕はとっさにこう叫んだ。

「政治家が一番のギャングスタじゃねぇーかくそー!」

そう叫ぶ僕を置いて、オフィスカジュアルに身を包んだサワコは駅のホームの中へと消えていった。

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