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中国・浙江省のおもいでvol,4

『激痛』

 下腹部を蹴り上げられたような衝撃に飛び起きた。酷い胃痛だ。部屋は薄暗なオレンジ色の灯りに包まれている。ベッドに腰掛けて少しづつ状況を整理してみる。朝は成田のホテルで目を覚ました。中国大陸に入ってからそのまま浙江省に向かったのだ。

 時刻は2時半。そうだ。ホテルに落ち着いたあと、歓迎会で豪勢な料理に舌鼓を打った。中にはよくわからない料理があったが、残さず食べるのが日本人というもの。隣で僕の皿に取り分けてくれた優しい女学生の顔が浮かんだ。彼女を責めるわけにはいかない。バッグまではってゆき、スーツケースから正露丸を取り出して飲んだ。まさか初日からお世話になるとは。それからトイレから一歩お出ることなく朝を迎えた。

 明け方になると少し痛みが和らいできたので、初講義を欠席しなくて済みそうだ。ロビーにはフェイが待っていた。他の日本人学生もちらほらと姿を見せ始め、大学へと向かう。外は相変わらずの雨で、霞が辺りを白い靄にかけていた。歩道をゆく学生たちの傘で、もやの中を色とりどりに染め上げる景色が幻想的だった。

 巨大な校門をくぐると、校舎を見学しながら歩いた。20数棟もの校舎が林立するため、校舎間の移動にスクーターを使う学生もいるほどだ。すれ違う人にも驚きの連続だった。頭にほろをかけた女性や、肌の黒い人や真っ白なひと、南部や北欧の人々だろうか。国籍や宗教が広い敷地で入り乱れていた。日本の東京で生活するぼくにとって、始めて経験する「世界」だった。彼女を見失わないように、ついていく。きっと、上から見たら物凄い量の傘に気おされてしまうだろう。

 彼女とぼくは広い敷地の南側から入り人の波を超え、北西の隅にある校舎へと辿り着いた。つたが生い茂り、灯りはついていない。レンガ造りのようで、明らかにほかの校舎よりも古い。彼女は教室の番号を告げると、自分の校舎へと行ってしまった。他の日本人学生がちらほらと姿を見せ始めたが、彼らも人の気配のない校舎に困惑を隠せなかった。

 待っていても仕方ないので、恐る恐る硝子ばりの扉をあけ、指定の教室へと向かった。1つだけ灯りのついた教室があった。教室のドアを開けると、女性の教師が立っていた。黒縁メガネにキツイ瞳、ポニーテールといった出で立ちだ。昨日の歓迎ムードを期待していた僕だったが、教師は顔を見るなり

「为什么这么慢?ウェイシェンママンゾウ?(なんでこんなに遅いの?)

と聞かれた。どうやら遅刻してしまったらしいのだが、指定された時刻通りなので、どうにか説明しようとした。しかし、中国語がでてこない。なんとか

「来迟了真对不起(ライチィィラジェンドゥイブチィ)遅れて本当に申し訳ない」

と謝ったのだが、教師は引き下がらなかった。
納得出来なければ、決して諦めないのが中国人という人種らしい。考えあぐねていると、後から来た日本人学生が救いの手をさしのべてくれた。(『中国・浙江省のおもいでvol.4』)


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