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中国・浙江省のおもいでvol,17

『カレンダー』

  「また負けたの?弱すぎだよ、そんなことじゃあ中国じゃ生きてけないぞ?」

 何度やってもオセロ版は最後の最後で、ほとんど白にひっくり返されてしまう。負け続きだから僕のピースはずっと黒。その度にシーの茶々が入るのだけど。そんな風に夜を過ごしたのは久しぶりのことだった。学生寮も今となっては懐かしい。

 「タイチに中国の変なイメージ植え付けないでよね」

 勝ち続けてる張本人のフェイが抗議する。ぼくはと言えば目線のやりどころに困っていた。机を挟んで並ぶ二つのベッドの間には洗濯ロープがかかっており、これ見よがしに下着がかかっているのだ。それも、僕の頭の上のあたりに・・。

 オセロをぱちぱちしながら、ぼくらは色々なことを話し合った。シーは美術科の学生で、部屋の中にはキャンバスが肩を並べており、絵の具によごれた服が、部屋の半分(シーの側)に散らばっている。4回生の彼女は留年して今年一年を大学で過ごすことになっていた。

 「ようはさ、考え方なわけ。絵描きなんてさ、いつ才能の目が開くか分からないわけじゃない?さっさと働きだした連中が、仕事に追われて年食って、これでも昔はね、とかいうんだから。焦らなくていいのよ」

 こんな調子で本人はどこ吹く風を決め込んでいる。勤勉で明朗快活なフェイとは真逆のタイプだが、二人は仲良くやっているらしい。二人で料理をすることもしょっちゅうで、今テーブルの上に乗っているペンネアラビアータは、フェイとシーがワイワイしながら作ってくれた夜食だ。

 「あんまりシーのいうことを真剣に聞いちゃだめだよ?この前なんかね、雪を表現したいのにいいアイテムがない!とか騒ぎ始めて、粉チーズをキャンバスに振りかけて糊付けしてたんだから。美味しい絵の完成だとかいってね」

 「芸術は爆発だ、はもう古いのだよ君たち。折角来たんだ、私の絵を味わってゆくかい?」

 なぜか誇らしげに立ち上がったシーをフェイが無理矢理座らせる。

 「何言ってるかわからないし、ホントにやめて。日本語学科にはただでさえ変な中国人が多いのに、芸術科のあんたまで変人ぶりを発揮したら取り返しがつかないでしょうが。」

 二人は姉妹みたいで見てると微笑ましい。そう言ったら、フェイはぷりぷりしてたけど、シーはそうだろうと笑った。幸せな夜がふけてゆく。

 時刻は夜の3時。シーは「もう寝るね~後はご自由に。」とベッドに入ってしまうと、直ぐに寝息を立て始めた。フェイが「寝ちゃったね」と小さな声でつぶやくと、ぼくのために即席の布団を用意してくれる。その後自分が布団で寝ようとしたので、「ベッドには君が寝てよ」と遠慮した。

 ちょっとしてから、「おーい」とフェイが話しかけてくる。「どうしたの?」と小声で返すと、「何だか寝付けなくてさ」と声が返ってくる。ベッドのしたに指をたらしてブラブラさせているので、そっと握るとクスクス笑って「くすぐったいよ」と言っている。指が離れそうになると、今度はフェイの指がぼくの指を捕まえる。

 そうやって遊んだ後、フェイがポツリと囁いた。

「ありがとう(シェシェ)」

 消え入りそうな声だったので、うまく聞き取れなかったが、すぐに小さな寝息が返ってきた。ぼくもいい加減寝ようと仰向けになる。「おやすみ」と小さな寝息に返した。

 (中国・浙江省のおもいでvol,17「カレンダー」)

                     言葉が人を癒す taiti


 


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