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「父が教えてくれたもの」 体験note #1

先日行われた地元の会合「Soka Youth Festa」で、幹部なのに気取らずいつも一生懸命な先パイが、体験発表をされました🎉
波乱万丈のドラマに胸打たれたあとの、最後のセリフ。

「この場をお借りして、信心を教えてくれた妻に感謝を述べさせてください。本当にありがとう!以上。」

くーーーーーかっこよすぎたあああ✨
奥さんは「顔から火を吹きそうだった」と恥ずかしそうに🔥笑
いつもじゃれ合ってた先輩が、なんだか遠い存在のように、尊敬し直してしまいました~😁

創価学会の真実は、あーだこーだ面白おかしくガヤを入れてくる外野には絶対表現できない。
真剣に信心に励んだ人間の、「体験」の中にこそある。
この確信が強まりました❗ので、僕もnoteに自分の体験を書き記そうと思った次第です🖊️

すべて書くと長くなってしまうので、今回は第1段として「父と僕」の体験として抜き出します📖
創価学会への有象無象の避難中傷が飛び交っているネットの世界に、少しでも創価学会の素晴らしさが広がって欲しい🌏 そんな思いで書かせていただきます🙇‍♂️

宗教3世上等!

最初に述べておきますが、僕の家族は、父方も母方も、祖父母の代で創価学会に入会しました。
世間で騒がれているいわゆる宗教2世3世ですが、何か?笑
毎年家族そろってお墓参りへ行きますが、ホント、感謝しかありません。創価学会の信心に出会えて、僕は今本当に幸せです🍀

他の宗教の2世3世が幸せかどうかは、わかりません。偏見は良くありませんが、中にはお金稼ぎ、詐欺まがいの、人間を不幸にする宗教も多いのではと思っています。
連日の宗教に対する批判的な報道も、見ていて胸が痛みます。

しかし❗この創価学会は、本物の宗教だと、僕は確信してます。
同じ「宗教」という枠組みに入れて欲しくない!というのが本音です。創価学会は単独の「創価学会」として、知って欲しい・体験して欲しいと思ってます👍

今年のお墓参りの道中で食べた鴨南蛮そば。旨し。


宿命の大嵐

さて本題。わが家(父・母・私・4つ下の弟の4人家族)を宿命が襲ったのは、ちょうど僕の8歳の誕生日でした。その日、父は交通事故で霊山へ旅立ちました。
もう20年以上も経つんだな~~

一見しんみりしそうなテーマですが、この大きな宿命を家族3人で乗り越えたのが、僕自身の大事な体験になっています🙏(自分でもドラマティックだなと思っちゃいます笑)

「創価は不幸になる」「信心しているのになぜ?」そんな批判は吹き飛ばせます❗
ある意味、わが家の歩むストーリーの中で、お父さんが亡くなる役を演じてくれたからこそ、苦難を乗り越えた先に、喜び勇んで信心に励めている今の僕があると胸を張って言える。
全然暗い話じゃないので、ぜひ最後までお付き合いいただけたらと思います😉

父の「死に様」

父が事故に遭ったのは、日付が変わった深夜でした。
その最後の夜のエピソードが、父の人生を表しているな~と思っています✨

お父さん、最後の夜に何をしていたかというと、「二人きりの送別会」でした🍺
その日で定年退職になる1人の人のために、会社で送別会をやる話もあったみたいなんですが、、ちょうど繁忙期で誰も音頭を取れなかったみたいです。

実はその時退職された方に、直接お話を伺ったことがあります💡
(その方を責める気持ちは一微塵もありません。むしろ、悲しい思いをさせてしまい申し訳ない思い。)

その方が言うには、父は「今晩最後飲みに行きましょうよ!」と誘ったとか。
「いや気を遣わなくていいよ。小さいお子さんがいるんだから、早く家に帰ってあげなさい」とその方は断りを入れたそうです。
「それが今、子どもたちと妻が旅行に行っちゃってて。付き合って欲しいのは僕の方なんです」「それなら行きましょうか!」という流れで、二人きりの送別会が始まります🍻
(そのとき僕と弟と母は、旅行なんか行っていなく、普通に家におりました。父ながら、なんて優しいウソなんでしょうか🥲)

その方もお仕事最後の日ですから、思い出や苦労話に、花が咲きますよね🌸
日付変わって終電無くなって、父はタクシーでその方を送り届けます。
「泊まってうちから出勤すればいいじゃないか。ワイシャツくらい貸せるから」と引き留めてくださったそうですが、父は「いえ、家に取りに帰らなきゃいけないものがあるので」と家路に。そのまま帰らぬ人となりました。

いや~お父さん、死に様かっこよすぎかよ❗❗❗笑
人と人との繋がり、友情、恩義を、最重要視した人生🤝

もちろん、そこからは家族で大変な思いもたくさんしました。この悲しみを乗り越えられたのは、母の信心があったから。(これはまた改めて #体験note にします📖)
でも、最後の最後まで、一人の人のために行動し抜いた父を、僕は誇りに思います

父が泊まらず帰ったのは、日付変わって僕の誕生日だったからかな~なんて思うと、
父からこの「一人を大切にする」人生哲学を受け継がなきゃなあと力が漲ります。そんなふうに生きていこう✊
そしてお父さんの代わりに、これからも家族を大事にしていきます👩‍👦‍👦✨

「人生を最後に飾るもの」

当時8歳、弟はまだ3歳。兄弟とも父との思い出はそんなには覚えていません。
でもお葬式はめっちゃ覚えてます!
本当に多くの方々にお越しいただいて、お焼香の時間が長すぎて、その間の読経がエンドレスで辛かった思い出!笑

現実自分のお葬式って見ることはできないけど、父がもし幽体離脱的に(笑)自分のお葬式を見ていたら、こんなにたくさんの人に囲まれて、“最高に幸せな人生だった”と思ったことでしょう👻✨

そこから10年後。大学に進学し、学生部の時に出会った池田先生のご指導に、胸を打たれました。父はこの通りに生きてたんだ💡って。

人生、最後に何が残るのか。思い出です。生命に刻まれた思い出が残る。(中略)
この世に生まれて、いったい、何人の人を幸福にしたか。
何人の人に「あなたのおかげで私は救われた」と言われる貢献ができたか。
人生、最後に残るのは、最後の生命を飾るのは、それではないだろうか。
「南無妙法蓮華経と我も唱え他をも勧んのみこそ今生人界の思出なるべき」
(新版御書P519)です。

『法華経の智慧』嘱累品第22 より

僕の夢は、父のように、自分の葬式にたくさんの人が来てくれるような人生を送ることです🌟
そのためにこのご指導のとおり、たくさんの人と一緒に幸福になれるように、とにかく自分から動いて人と会いまくって、人生をエンジョイしていきます🚲
そして、この信心・仏法も、自信を持って、裏表なくどんな人とも分かち合っていこうと決意しています✊


以上です、お読みいただきありがとうございました🙇‍♂️
#体験note シリーズとしてまたいろいろ書いていこうと思います🖋
今後とも何卒宜しくお願いします🫶

今年の僕の誕生日。ケーキ買ってきてくれた弟に感謝🥂

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