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商業出版にメリットはないのか?

先日、技術書典代表のひつじさん(mhidakaさん)から、技術書の商業出版について記事が出されました。そのの記事について、いろいろ思うところがあるので書きました。
ひつじさんの元記事はこちら

商業出版について、リスクがあるから気を付けようという意図はわかります。楽観的にとにかく商業化しようぜ、というべきではないという意図も同意するところです。しかし、その意図が強すぎて、商業出版そのものを全否定する文脈になっていると感じます。
はじめて商業化のオファーを受けた人がこの記事を読んで、あまりにもネガティブに感じてしまいませんか?

首がもげるほどうなずいたところ

いくつもの同人誌の出版と、商業出版に関わられ、同人及び商業それぞれの実情、裏も表もよく知った立場としての非常に重みのある指摘と、実情がわかっていろいろ考えました。

それぞれの契約ごとに異なること、多少外れることがあることは記載されていて、実際にその通りだとは思いますが、出版界、特に技術書を取り巻く商業出版の情勢について、非常によくわかる記事だと思いました。

1.契約書にはひな形がある、そしてその解説もある

この点は本当に初めて知りました。見てみると、確かに自分の結んだ契約も、似てはいますが少し変わっているところはありました。契約する前にこの解説を知りたかった!

4.印税受け取りが想定より低い

これは本当に、最初の印税支払い通知を見てびっくりしました。

Appendix2 セールの話

これも、入金額連動という話を知っていなければ(あるいは知っていても)こんなに下がるのか・・・冊数の割に全然収入にならない…と思ってしまう点ですね。そういう意味でも、あらかじめ心づもりをしておかないとこんなはずじゃなかったを生みやすいポイントだと思います。

以上、特に自分にヒットしたポイントを挙げましたが、商業出版のオファーがあり、どうしようかな、と迷っている人は必読な記事であると感じました。ちなみに、私の商業出版のときどうだったかという点については、次の記事を参照ください。印税が思ったより全然安いとか、権利が制約される?(そうならない契約もある)なんて話も書いてあります。

本論に戻ります。商業出版は契約にしばられ、同人誌にはなかったたくさんの不自由があります。関係者が増えることにより、リスクは増えるでしょう。そういう意図でもって、この記事のそれぞれの項目自体の価値は非常に大きいと感じました。いずれも非常に重要かつ表に出てきづらいノウハウです。
「契約を締結する前に契約書文言・内容を確認しよう」
「権利制約や印税率が低いなど、デメリットもある(少なくない)」
多少語弊はありますが、「初めて商業化の声がかかった著者が舞い上がった状態で何となく契約してしまい、裏切られたと感じてしまう」という話もあるでしょう。実際記事の中にもそういう話がありましたね。それに対し必要な警鐘であると感じました。

もにょったところ


ただ、この記事に関連してもにょったところがいくつかあります。
それをいくつか挙げておきたいです。

1.技術書典公式からの「商業出版に対するネガティブな指摘」である点

前述のnoteは、技術書典公式IDで、かつ技術書典の代表であるひつじさんが書いています。結果として、技術書典の公式見解が商業出版に対してネガティブであるという印象を受けます。

前半は契約や権利に関するリスクについての警鐘で、この部分は非常に参考になりました。ところが、巻末のおまけにおいて、一般に「メリット」とされる部分も否定されています。印税率は低く儲かるわけではない、名誉・知名度などへの寄与も今一つ、権利を執筆そのものへの労力は記載ありませんがそれは言うまでもなく・・・商業出版のメリットをほぼ全否定したうえで、デメリットを強調する内容になっています。

結果として、文章全体として商業のネガティブな部分を挙げて、商業化に対して強くブレーキをかけているように感じます。

2.レアケース、エッジケースを取り上げすぎていないか?

Appendix1の前半は商業誌における印刷部数と実売部数の話をされています。印税でがっかりしないように、という部分は納得できます。そのあと、商業誌における初版部数が下がってきており1000冊程度も珍しくないという状況の説明があります。これに続いて、同人誌で初版1000部といったケースがをもって、技術同人誌と商業誌の差は小さくなっていると論じています。

このそれぞれの数字の真偽について異論をさしはさむつもりはありませんが、この順で並べると、同人でも頒布数の上で商業誌に匹敵するものがしばしばある、したがって誰かに届ける力という点で商業化するメリットが小さいと読めてしまいます。

しかし、他でもない、技術書典運営によるレポートには。初参加の平均持ち込み数は180、平均頒布数は120、既存サークルで持ち込み280冊、平均頒布数140であると書かれています。

https://blog.techbookfest.org/2019/11/29/tbf07-report/

ここからも、同人誌のみで商業誌に匹敵する頒布数となる例は非常に少ないと考えざるを得ません。そのクラスで頒布しているサークルもいくつか思いつくのも事実ですが、それを「しばしば」と表現し、この文脈に載せることに違和感を覚えます。

そして、誰かに届ける数字の点では近づいてきているという話の流れを、在庫リスクや売り上げを自分でコントロールできて楽しいといった話で論点をずらしているように思え、違和感があります。

誰かに届ける力という観点で、(普通のサークルのイメージである)同人誌で100部200部を頒布したサークルの本が、商業化してさらに数百部を誰かに届けることができる可能性がある、あるいは一からの商業誌企画で書き下ろした本が数百部や千部頒布できる可能性があるなど、いずれも頒布数という観点で商業に載せるメリットではないでしょうか?出版社によっては同人誌で売れたかどうかを考慮しないで、本の内容やターゲット次第で商業化の声掛けをする例もあるようです。

3.「一般的なメリット」についての考察が詭弁的でないか?
巻末にて、おまけとして商業出版に勧誘されるときによく聞くセールストークについて、いくつかの例を挙げ、実際には・・・、という取り上げがされています。確かにいずれもよく聞く話です。

しかし、それぞれの結論が(弊社印税は~を除くと)ネガティブな方向に断じられており、違和感を覚えます。以下、それぞれ少し具体的に。

転職するときの名刺代わりに、という部分において、本を書いていることが転職等に寄与するかについて述べています。「本を書いているからという一言だけで採用されるのは不安」と述べ、「OSS開発の方がよほど名刺代わりになる」としています。また勉強会等における登壇、講演者とのコミュニケーションを勧めています。

しかし、まず面接担当者がその技術やアウトプットの裏付け、見極めを行う点はあらゆるアウトプットに共通のはずです。そしてその中で、本がリファレンスとして弱く、勉強会登壇やコミュニケーションがよいという根拠がありません。本という形の体系化が評価されるという一般論がベースにあるとして、それを否定する根拠はあるのでしょうか?

知名度が上がりますよ
何となく知名度が上がるように感じるが、実際はXXである、という展開で述べるなら違和感はありません。ところが、印税率、収入に対する話にもっていっており、知名度が上がるのか影響がないのか肯定も否定もされていないにもかかわらず、何となく否定されたニュアンスだけが残ります。

印税率の話は、出版社のセールストークで、これはカラクリがあるということで、そのまま読めます。

親が喜びますよ
これは、複数の著者から聞いた話および私の実体験としても喜んでもらっています。喜んだ例があるなら、わざわざネガティブに落とす必要はないですし、親を喜ばせることに「効率」と述べることに違和感を覚えます。

おまけのまとめ
このように、「メリットといわれていること」についての話の展開が無理筋でありながら、この章全体としてメリットが薄いという結論になっています。その結果、記事全体としても、商業出版はメリットが薄く、デメリットが多い(デメリットについては、警鐘を鳴らすという形で前向きだといえますが)という論調になっています。

また、出版社のセールストークとしての文脈ですが、転職での評価や親が喜ぶなどは実際に商業出版を経験した人から異口同音で聞く話でもあります。

本記事を読んで危惧したこと

本節は、私の個人的意見ですが、元記事を読んで危惧したことがあります。

技術書典は、「あたらしい技術に出会えるお祭り」。そのコンセプトには強く共感します。ですが、あたらしい技術に出会う方法とは、技術同人誌だけなのでしょうか?私は、技術同人誌の著者が商業出版においても活躍し、あたらしい本を生み出すことも「あたらしい技術と出会える場を作る」ということになると考えます。

商業化のネガティブな部分をことさらクローズアップすることがすそ野を広げることになるとは思えません。商業というフィールドを含めて新しい著者を増やすこと、新しい本に出合うお祭り場を作ること。その芽を摘んでいるように思えます。

もちろん、出版社の食い物にされる、あるいは「裏切られて」筆を折る、そういったことを防ぎたいという意図もわかります。そしてそこまで技術書典運営で責任を持て(例えば商業出版に対する教育をサークル主にせよ)というつもりもありません。そういう意味で、この記事で述べたい警鐘の果たす役割は大きいと考えます。

「商業化はゴールではない。」それは界隈にいる人であればある程度実感している、あるいは少なくとも聞いたことはあることかもしれません。ではゴールではないなら、通過点、あるいはいくつかあるルートの途中過程(マイルストーンかもしれません。経由しないといけないというわけではないので、チェックポイントというと語弊があるかもしれません)の一つと考えることはできませんか?そう考えるならば、これまでの経験に基づいて、警鐘を鳴らしつつ、商業出版というルート、活躍の場のメリットについても対等に取り上げ、応援すればよいではないでしょうか?

まとめ

最後になりましたが、技術書典の代表から公式のIDでこのような(特に後半)のような一方的な記事が出たことは残念に思います。

繰り返しになりますが、商業出版について、リスクがあるから気を付けようという意図はわかります。楽観的にとにかく商業化しようぜ、というべきではないという意図も同意するところです。しかし、その意図が強すぎて、商業出版そのものを全否定する文脈になっていると感じます。

はじめて商業化のオファーを受けた人がこの記事を読んで、あまりにもネガティブに感じてしまいませんか?

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