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祈りと民藝:ブラジル北東部のエクスヴォート

エクスヴォートには深い思い入れがあります。

前回紹介した北部・北東部の民俗学調査団の団長、ルイス・サイアがペルナンブコ州の教会で初めて見たエクスヴォートに感動したように、私も初めてリオデジャネイロのアートギャラリーで見つけた時、かなり衝撃を受けたのを覚えています。木彫りの足や手、胴体、頭など体の一部あるいは人型など、仕上げは粗いとはいえ、造形力が並々ならぬ高さで、見る者を惹きつける力があります。

それ以来、すっかりエクスヴォートに夢中になり、文献を読んだり、奉納されている教会に見に行ったりしました。

エクスヴォート(ポルトガル語では、エシュヴォート)とは、祈願成就後の願ほどきで納める奉納品、あるいは恩寵を受けたことへの感謝の証としての奉納品のこと。この言葉はラテン語Ex Votum Susceptoから由来しており、意味としては「成就した願掛け」になります。庶民の間では、奇跡という意味の「ミラグレス」とか「誓い」という意味の「プロメッサ」という名で呼ばれています。

日本では祈願時に絵馬などを奉納したりしますが、エクスヴォートは、EXという言葉からも想像がつくように、願い事が成就した後に奉納します。祈願が成就すると、今度は、神に立てた誓い事を果たさなければなりません。つまり、教会にエクスヴォートを奉納することです。

病気平癒などの授かった奇跡の証を教会に納めることで、神への感謝の意の表明ばかりではなく、教会(その教会の聖母あるいは聖人)の威光を高めることにもつながります。

この習俗の起源は古代ギリシャにさかのぼるそうで、よく知られているところでは、医学の神、アスクレピオスへの信仰です。この神から恩寵を受けた者は、病の治癒を感謝し、腕、足、頭などの体の部位をかたどった奉納品や奉納額を納めました。奇跡の証を神殿に残す行為は、古代ローマでも廃れることなく引き継がれ、やがてキリスト教にも取り入れられていきます。

ブラジルでは、植民地時代にポルトガルからの最初の入植者らによってこの伝統はもたらされ、今日でも庶民の間で引き続き行われています。現存するものでは、18世紀初期の奉納画が最古のものです。何世紀も続く習俗とはいえ、木製のエクスヴォートは、ブラジル北東部の地域社会でのみ使用されていたため、その存在は広く知られるところではなく、冒頭に述べたように、1930年代にルイス・サイア率いる民俗学調査団によって、世に広く紹介されることになりました。

ブラジル北東部の木製エクスヴォートは、無名の職人によって彫られたものです。このような手仕事が誕生したのは、木工職人が多く、木彫りの民藝が盛んだったからこそ。同地方の聖地で、お礼参りにエクスヴォートを奉納しにやって来る巡礼者が多く来るジュアゼイロ・ド・ノルチ(セアラ州)には、今もエクスヴォートを作る職人が多くいることで知られています。

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2004年に開催されたCEMIG民芸博物館でのエクスヴォート展のカタログ

参考文献:CASTRO, Marcia Mouro, Ex-votos, Exposição Comemorativa do 52o Aniversário da Cemig. Belo Horizonte, 2004


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