「溺愛する猫耳魔法少女とリアルで会ったら、イケメンだったのだが」第2話
第2話
チャットでもいいが、挨拶程度で枠を荒らしたくないので、会話の途切れるタイミングを見計らった。待っている間に、Tシャツの裾を引っ張って、デスクチェアに膝を抱えて腰掛ける。ヘッドセットのマイクに向かって、「こんばんわー」と声をかける。
しばしのラグの後、
「おー烈火。おいっす」
「烈火ちゃーん!間に合ったやんかー!」
と、キングと源さんに挨拶をされた。
「帰ってきたばかりなので、挨拶だけ。討伐どっか突っ込んでもらっていいですか?あと、しばらく聞き専になります」
と、断りを入れる。
「オッケー。じゃ、わしの班においで」と、源さんからパーティー申請がくる。
【“源さん” の、パーティーメンバーに参加しますか?】
と、モニター画面にポップが上がった。
システムの”イエス”をクリックする。
自分のアイコンが源さんのパーティーメンバーの中に入っているのを確認した。オッケー異常なし。
8名のメンバーのパーティーチャットに挨拶だけ書き込んでマイクをオフにすると、音声の出力先をブルートゥースイヤフォンへと切り替える。
耳にワイヤレスイヤフォンを突っ込んで、彼らの会話の続きを聞きながら、バスルームへと向かう。
ボスイベント戦開始まで、残り5分もない。
だからシャワーを浴びる時間はない。
お風呂は後にして、”メイク落とし”だけを持って、パソコンの前へと戻った。
唇をコットンで拭い取り、赤く染まったコットンをゴミ箱へ放り込んだ。
メイクを半分ほど落としたところで、ポップがぴょんとモニターの中で跳ねた。
【あなたの同居人の“ムギ”がログインしました】
と、システムからのメッセージ。
MPOでは、プラネットの住人同士で組む同居システムというものがある。
MPOはパーティーでのイベントが多く、多くのエリアで行われるイベントはソロプレイヤーが単独クリアするにはハードルがある。
そこでプレイヤーごとが仲良くなるシステムとして同居人設定というのが組み込まれている。
同居人設定をすると、さまざまなメリットを得られるようになる。
……例えば武器や装備品も含めたアイテムを共有。
同居人にレベル差があると、低いレベルの同居人にはバフの付与がされ、同レベル帯のソロプレイヤーよりも全ての能力値がアップする。
他にも耐久値が回復したりと、同居人がいるだけで様々な恩恵が得られるようになっている。なので、ほとんどのプレイヤーは同居システムを活用している。
そして私も、目に入れても痛くないほどに可愛がってる同居人がいる。
烈火:「ムギちゃん!こんばんわ!」
と同居人のムギの個別チャットに挨拶を打ち込んだ。
猫耳の魔法少女のムギのアイコンが表示された。
ムギ:「お疲れ様です」
彼女のプレイヤー名はムギ。
職業は魔法使いで、レベルは80のネコ科の獣人。
わたしのアバターの烈火はレベル100なので、彼女と一緒に行動するときは常にレベ差がある同居人特典のバフの恩恵をムギちゃんは得られる。
故にインしたらいつも一緒にクエストするのがルーティンだった。
今年で同居歴3年となるのだが、出会った時は、ムギちゃんはまだ高校生だった。
そんな彼女は、今は大学生だ。ずっと私が年上でレベルも上なこともあり、3年経っても彼女の敬語は抜けない。
そんな可愛い年下のムギちゃんを溺愛するあまり、ついつい衣装やら限定エモートやらを定期的に贈ってしまう。
そのせいで金欠なのだが、でもいいのだ。
リアルよりもM P Oの世界で同居人と生きるこの時間が何より幸せ感じられるのだから。
「ムギちゃん。今どこにいるんだろ?」
ムギのいる場所をマップで確認すると、自宅のなかだった。
森の中でログアウトした烈火とは違って、ムギは必ず装備品の耐久値が回復できるベッドまで律儀に戻ってから、オフラインにする。
まだ家の中にいるだろうと思い、家にワープして部屋の中を探し回っていると、またチャットがぴょんと跳ねた。
ムギ:「庭の水棘草、成長度100%になってたので刈り取っていいですか?」
彼女はいつもチャット派だ。
ムギに合わせて、コットンを持っていない手でキーボードをぽちぽち叩いた。
烈火:「OK。全部刈り取っちゃって」
ムギ:「じゃあ、半分は今日の討伐用にポーション作って、残りは倉庫に入れときます」
烈火:「今日は青翼竜モンスターだから、魔力対抗系かな?」
ムギ:「速度と魔力抵抗が付与されるレシピが水棘草で作れるので、それ作ります」
「さすが、うちのムギちゃん。勉強家〜♪」
返事を書き込もうとしているうちに、ムギが家の中に戻ってきた。
トランプ柄のニーハイに黒い膝丈のドレス。ドレスの中のチュチュも黒で統一されている。
ピンク色のマッシュルームボブヘアにニョキリと生えるののは黒色の猫耳だ。
「今日も可愛いよおお!!」
彼女の愛らしい姿を見て、テンションが爆上がる。
烈火:「わーい!ムギちゃーん!」
と両手を振って挨拶をすると、ムギが小走りで寄ってきた。
彼女の髪の色と同じ、ピンク色の瞳が、近づいていくる。
ムギ:「お帰りなさい。また森で落ちてましたね。キルされなかったですか?」
と、丁寧に尋ねられた。
森では、たまにモンスターが湧くので、オフラインになるタイミングが悪いと最悪キルされてることがある。
その場合、ペナルティとして装備品の耐久値が4分の1減ってしまうのだ。
烈火:「大丈夫だったよ。昨日は、ほんと眠くて家に帰るの無理だった」
ムギ:「それおとといも言ってました」
烈火:「でも最悪ムギちゃんとハグすれば耐久戻るし」
ムギ:「つまりハグ目当てですね?」
烈火:「あ。ばれた? だってハグモーションめっちゃ可愛いんだもん。いっぱいしたいし」
ムギ:「ハグモは、1日1回限定ですよ」
とムギからフラットな感じの返事が戻る。
烈火:「ううー。そんなそっけない感じのムギちゃんが好きー! だからハグらせて!」
両手を広げてハグモのスタンバイをしていると、突然ガチャのポップが上がった。
烈火:「あ、まった!」
モーションリクエストをキャンセルして、 早速、ガチャを回しにいく。
ムギ:「どうしたんですか?」
烈火:「ガチャのポップが現れた」
ムギ:「回すんですか」
烈火:「だって、確率1割も上がるんだよ! そりゃ回すよ!」
ムギ:「それでもガチャ回すの躊躇いますよ」
烈火:「これにわたし命かけてるから!」
ムギちゃんのマントが出ますように!
と祈ってスタートボタンをクリックする。
すると、一回目でマントが現れた。
「ひゃああ! 奇跡!! 早速 ムギちゃんに貢ごう!!」
鼻歌混じりにムギちゃんへとプレゼントを送信する。
【セイレーンのマントを、同居人ムギに贈りました】
【同居人ムギから、受け取りのメッセージが届きました】
早速返事を見ると、
ムギ:「僕のでしたか……。ありがとうございます。使わせていただきます」
烈火:「いーのいーの。お姉さんが養ってあげるんだから」
画面に向かって、むふふっとほくそ笑む。
私が同居人を育ててる感が、たまらない。
可愛い娘が育っていくのって、こんなのも楽しいのか。
烈火:「では改めて、ハグー!」
やれやれといった様子でムギのアバターが方向転換して、烈火の方へと向いた。
アバターのスタンバイ状態を受け入れてハグモーションが始まる。
桜の花びらが舞い散りキラキラとした音楽が奏でられる。
ほんの数秒のモーションだが、同居システムの中でも一番好きなものだ。
優美な音楽が流れる中、猫耳美少女と女戦士が抱き合うシーンを、モニターを食い入るように見つめた。
烈火:「ハワワ、ムギちゃーん! 今日はまた一段とかわいいよおおおー!」
ムギ:「今日はアプデ入ってませんので、烈火さんの目がおかしいだけだと思います」
烈火:「やっぱ、昨日よりもムギちゃんを好きって想いが増えてるせいかな? 好きレベルが上昇したからキラキラしてるんだよね?」
ムギ:「モニターを掃除するといいと思いますよ」
と、ムギはいつも通りの塩対応だ。
そしてさっさと作業部屋へと消えていった。
* * *
討伐イベントが終了した後、ペテルギウスメンバーのチャットが立った。
キング:「10/31 ペテルギウスのオフ会しようと思います」
キング:「11/1が、ペテルギウス誕生5周年になるんで、ここらでオフ会ってのもありかなって思ってるんだけど。どう?」
突然のオフ会宣言に、VCをつけていたクイーンが「オフ会。楽しそうですね」と合いの手を入れた。
おなじくクイーンとボイチャ中だったみちゃも、
みちょ:「ほんまお洒落な場所を貸切とかなら、ウチも参加したーい」
と要望を入れた。なんだかんだとみんなが乗り気になり、オフ会が開かれることが決定した。
「これはもしや。ムギちゃんに会えるチャンス!」
そんな私の目論みに気付いたのか、ムギちゃんが討伐イベントのエリアから抜け出て自宅へと飛んでいった。
これは逃してはなるまいと彼女を追いかける。
自宅に戻るとベッドルームに既にいた。
やはり落ちようとしていた。ダダダっと、マシンガンのごとくチャットに書き込む。
烈火:「ムギちゃんはオフ会行く?」
しばらくしてから、
ムギ:「行ける場所なら」
と返事が返ってくる。確かに関西や地方だと行きづらい。
泊まりがけでオフ会に出るという選択肢はない。
とすると、時間と場所さえ合えばという回答は最もだ。
ムギ:「烈火さんはオフ会行きますか?」
烈火:「同じく行ける場所なら参加したいかな」
ムギ:「ですよね」
烈火:「どこでやるんだろうねえ」
ムギ:「ですね」
烈火:「都内だとありがたいね」
ムギ:「ですね」
烈火:「ムギちゃんも東京住み?」
ムギ:「ですね」
どうにも会話が弾まない。普段も口数少ないタイプだけど、今日は特にオフ会の話題になったら特にだ。
乗り気じゃない。のだろうか。
烈火:「何か心配事とか、ある? 聞くよ?」
と書き込んで、腕組みをしてしばらく待った。
すると、だいぶ悩んだのか返事が来るまでかなりのラグがあってから返事がきた。
パソコンのモニター画面に文字が流れていく。
ムギ:「MPOのオフ会は初めてなので」
烈火:「オフ会自体私も初めてだよ」
ムギ:「ペテルギウス。課金勢多いから、大人ばっかそうなんで」
烈火:「ああ。そっか」
烈火:「未成年の子だと出会いとか色々心配だよね。うん。大人だけが楽しいイベントにならないよう、その辺も配慮したオフ会にしようって、キングに言っとくね」
烈火:「それにムギちゃんを1人になんてさせないから私が守るんで! なーんにも心配することないよ!」
と付け加えておく。
—— そうだ。
オフ会がどこで開催されようと、ムギちゃんを1人にさせちゃいけない!
私が、お姉さんらしく守らなくては!
そしてリアルでも相思相愛になっちゃおう!!
(第3話へ続く)
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