「ハードルが上がる」はなぜ広まったか

 お笑い関係の専門用語はしばしば日常会話の中にも取り入れられていますが、当然ながらよく使われているものもあれば、そうでないものもあります。何が流行るのか。どうすれば流行るのか。それが分かれば世の商売人たちだってものを売るのに苦労しないわけなんですが、でも個人的な感想レベルの傾向くらいは見出せるでしょう。

 まずは多くの著名人が積極的に使っていくことが考えられます。これはもう、いろんな媒体で多くの著名人がしゃべりまくっているお笑い界の現状を考えれば、お笑い用語が広範に流布する下地は既に整っていると言っていいでしょう。

 言葉の使いやすさも重要でしょう。日常的に用いられやすい意味を持ち、なるべく相手に不快感を与えない表現であり、何なら自分でもちょっと言ってみたくなる。そんな言葉だったら、芸人が使っているのを見聞きして、自分でも使おうと思うはずです。

 あとは初めて聞いても字面や文脈で意味が何となく理解できるかどうかも大きいと思います。お笑い用語は辞書に書かれている言葉のように明確な定義づけがされていることが少なく、話者の感覚で使われていることが大半です。それでも通じるような言葉は当然ながら世間に広がりやすい。

 これらが満たした言葉の一例としては、例えば「どや顔」が挙げられます。初めて聞いた人でも「どや(どうだ)」と言いたげな「顔(表情)」だろうという推測がすぐにでき、そういう顔をする人は珍しくない。そんな顔をしていない人を軽くいじる活用法なども考えられます。そして、著名な芸人がしばしば用いる。ちなみに、初めて発言したのは明石家さんまさんとのことです。

 さて、「ハードルが上がる」という言葉もお笑い界ではしばしば聞かれます。お笑い芸人の誰かが編み出した言葉なのか、もともと使われていた言葉をお笑い芸人が広めたのかは軽く検索した程度では分かりませんでしたけれども、とにかく使われている。

 おおよその意味としては、自分または周囲の言動によって自身への期待値が高まってしまう状況を指します。多くは好ましくない状況と判断されます。

 自分の意思とは裏腹に自分への期待が高まってしまう場面は誰しもに起こりえる現象であり、だから広まったものと考えられます。「ハードルが上がる」という表現を嫌がる人はいるかもしれませんが、「ハードル」も「上がる」も多くの場合において不快感を与えるような言葉ではなく、使いやすさという上では大きい。世に広まる条件はなかなか整っています。

 ただ、それだけではないと思います。この言葉の最大の利点は「ハードルを下げる」効果がある点でしょう。ハードルが上がった状況は自身にプレッシャーがかかるなど、しばしば不利に働きます。自分がそんな不利な状況に陥ったと半ば自虐的に宣言することで、上がったハードルを再び下げることができます。

 特にお笑い芸人は「これから面白いことをやるんですよね」という見方が笑いの減少に繋がりますし、笑いの減少はお笑い芸人にとって死活問題となりやすい。それを骨身に染みているから芸人はしばしばハードルを下げようとする。「ハードルが上がる」という言葉が芸人に広がっても何も不思議ではありませんし、それ以外の人に広がる点もまた同様です。

 そう考えると、期待って結構面倒くさいもんなんですね。いや、何となく分かってはいましたけど。

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