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思ってもみない文句、生まれてもいない文句

 文句なんて言おうと思えば全てのものに言えると思っています。だから、たまに思ってもみなかった文句に出会う時があります。

 私が大学生をしていた頃、食品工学が専門の先生がいらっしゃいました。食品工学とは「どうすれば食品の加工や保存がうまくできるかを研究する学問」でございまして、それを知らなくたって名前を見れば食べ物の何かを研究する学問なんだなと分かる。

 そんな先生が主催する飲み会に行った際の話です。近くに生徒がいる手前、教授も滅多なことはできないと申しますか、やるつもりはなかったと思いますが、それでも酒が入ると普段は割と無口な先生がいろいろしゃべるようになりました。

 中でも印象深かったのが文句でした。先生は突然、箸でハムをつまむと「このハムがけしからん」と言いました。先生の箸につままれてユラユラしているハムは、その辺で売られているような普通のハムです。

 先生がおっしゃるには、その辺で売られているハムは肉以外のものがたくさん入ってるそうなんです。その肉以外のものを肉と一緒に混ぜると、もう膨大な量に膨れ上がる。それをハムと称して売っているのはけしからんと文句を言い始めたんです。たぶん、工場見学に行って愕然としたのだと思われます。

 世の中にはハムを膨らますことで文句を言う人がいる。文句にもいろいろあるものだと思いました。今でもハムを見ると思い出す程度には印象深い文句です。そして平気で食べます。うまいですし。

 文句は何にでも言えますから、こうしている間にも世界のどこかで新しい文句が生まれていることと思います。そして、今はまだ存在していないけれども、将来に生まれる文句もきっとあると思うんです。

 ところで、日本の都市圏は世界でも有数の電車大国で、世界の1日当たりの平均乗降客数ランキングでも上位の大半を日本が占めているようです。

 そのせいか、電車内での言動が毎日のように取りざたされます。ニュースになるようなものはもちろん、ほんのちょっとした「あるある」に至るまで、幅広い出来事が取り上げられています。

 当然ながら、電車内のあれこれに対する文句も多い。中には「あるある」にまでなっているものがございます。例えば、電話です。みんなが携帯電話を持つようになって久しいため、さすがに少なくなってきましたけれども、車内で堂々と電話をする人は今でもたまにいらっしゃいますし、そのためか電車内での通話はお笑いのネタにされるくらい「あるある」な迷惑行為のひとつにあげられます。

 最近では「乗客がみんなスマートフォンをいじっていて気味が悪くなった」みたいな文句も見られました。電車内の迷惑電話も次のステップに行こうとしているのでしょうか。今のところは車内通話ほど広く見られる文句ではありませんけれども、今後はそういうことを言う人がチラホラ現れるのかもしれません。

 そんなスマートフォンだって、かつてガラケーを駆逐したように、いつかは何かに取って代わられるかもしれません。そうなったら、当然ながらスマートフォンに対する文句は誰も言わなくなり、代わりに出てきたツールの文句を言うようになるはずです。

 そのうち新聞の投書欄に「電車に乗ったらみんな顔の前に浮かんでいる立体映像をぼんやり見ている。日本はどうなってしまうんだ」みたいな、極めて未来的な文句が新聞の投書欄に載る日が来るかもしれない。そう考えると、長生きしたいなあと思う次第です。

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