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なぜ芸人は観客のウケばかり重視してはいけないのか

 「しくじり先生 俺みたいになるな!!」の公式YouTubeチャンネルにこんな動画があるわけです。

 「客に媚びすぎて芸人から嫌われた先生」としてタイムマシーン3号が出演している動画です。上記動画の26秒頃、過去に「客に媚びたネタばかりしていたら、袖から芸人がいなくなった」という話のところを抜粋します。読みやすさ重視のため、会話を一部変更しているほか、敬称略となっておりますのでご了承ください。

タイムマシーン3号 山本:(芸人がネタを披露している時は)袖を見てればいいんじゃないかと僕は思うんですよ。その、関係者の皆さんが仕事でで使いたいっていう方は袖を見たら早いんじゃないですかね。

タイムマシーン3号 関:そうですね。袖が一番大事ですね。

オードリー 若林:袖視聴率ってありますよね。

タイムマシーン3号 関:あります、あります。

平成ノブシコブシ 吉村:3つのうち2つ取ればいいって言うんですよね。「袖の芸人」か「お客さん」か、あと大人、「業界関係者」。この3つのうち2つ取った人が売れるって言われてるんですよ。だから(タイムマシーン3号は)お客さんしか取ってないから(ダメだった)。

 以降、お客さんにばかり媚びた漫才をするのはよくないという前提で話は進んでいます。ただ、大切な点があまり説明されていないと、ずっと思っていました。それは「どうしてお客さんに媚びすぎてはいけないのか」という点です。

 もちろん、仕事仲間である芸人に嫌われるのは大きなデメリットではあります。しかし、なぜ嫌われてしまうのかは動画内だけでなく、番組全体でもあまり語られていません。芸人はお客さん相手に商売をしているんだから、お客さんを重視するのは何ら不思議なことではありません。どうして、お客さんばかり見ていてはダメなのか。そこがずっと気になっていたので、少なくとも自分が納得できるような結論には至っておこうと考えました。

 そもそも何で客に媚びすぎると同業者である芸人に嫌われるのでしょうか。ヒントとなる動画が公式チャンネルの別の動画にありました。

 動画の5分25秒辺りから抜粋です。話の流れとしては、観客がネタを審査するタイプの番組で、観客に嫌われないよう、ネタ終わりのお辞儀を敢えて深々としていたとタイムマシーン3号が告白する話からです。芸人は微妙な反応をする一方、芸人でない女性陣は深々とするお辞儀に好印象を受けます。

菊地亜美:逆に(お笑いの)コンテストで「ありがとうございました」って(おじぎが)揃わないで、ひとりだけ浅くて(すぐ舞台から)出てっちゃう人とかいるじゃないですか。そういうのとか見たら「何で挨拶ちゃんとしないんだろう」って思いません? いち視聴者として、芸人さん以外は多分思うと思います。

遼河はるひ:なんかやっぱ気持ちいいですもんね、やっぱりシャッと(深くお辞儀するように)なったほうが。

ぐりんぴーす 牧野:芸人ってお辞儀をあまりしないでスーッと帰っていくのが格好いいというか。

ぐりんぴーす 落合:そうですよね、ウケだけ取って(いればいい)。お笑いを見せてるわけですから。別に挨拶を見せてるわけではないじゃないですか。

 芸人とそうでない人の、価値観の違いが出ています。芸人は「とにかく芸人の本分であるお笑いをキッチリやっていれば、あとはお客さんにおもねらなくてもいい」と考え、そうでない人は「礼儀正しくしてもらったほうがいい」と考える。

 しっかりウケを取って礼儀正しければよさそうなものですが、この辺りは個人の好みによるところもあり、どれがベストとはなかなか言い切れません。ただ、当時のタイムマシーン3号はお笑いよりも観客に嫌われないことを重視して必要以上に礼儀正しく振る舞っており、それが「笑いを取ってお辞儀は二の次」という芸人的な理想像に反していたため、芸人から嫌われてしまったと考えられます。

 でも、タイムマシーン3号が芸人に嫌われていた理由はそれだけじゃないように思います。同じ動画の1分01秒辺りから抜粋します。

ぐりんぴーす落合:(タイムマシーン3号は)本当に万人ウケするネタというか、ウケも1位なんですよ。ただやっぱり袖の視聴率がとても低い。

 ポイントは「万人ウケするネタ」です。「客ウケのいいネタ」とも言える。これが曲者なんだと思います。

 「万人ウケするネタ」をザックリ分けると、次の2種類があると思うんです。ひとつは「ウケるようになるまで自分たちが必死になって作り上げたネタ」と「安易な客ウケを狙ったネタ」です。どちらも観客にはウケるネタではありますが、内容には雲泥の差があります。それはオリジナリティがあるかどうかであり、もっと簡単に言ってしまえば新しいかどうかだと思います。

 安易な客ウケを狙ったネタは、大体は以前に誰かが考えたものです。昔の芸人が必死になって編み出し、何度も舞台にかけて調整を繰り返して、ようやくウケるようになったものもたくさんあるでしょう。ウケることが確約されているものですから、同業者の芸人としては「そりゃウケるだろうけどさ」と考えるのだと思われます。もちろん、丸々パクるのではなく、細部を自分なりに変えて使っていることが大半であり、それはそれで創作の苦労がございますが、先人の功績に乗っかっている点に変わりはありません。

 ただ、観客からしてみたら、どちらも「笑えるネタ」であることに違いはありません。独自のネタなのか、安易なウケ狙いなのかを見分けるのはなかなか大変です。見分けるには、お笑いに詳しくなる必要がある。

 その点、お笑い芸人は重度のお笑いマニアです。何しろお笑いを見るだけに飽き足らず、自らネタを考え、舞台で披露しまくっています。人によっては何十年もそれを繰り返している。更に、膨大な数のお笑い芸人を知っているどころか、知り合いだったりします。場合によっては友達になったり、同じ家に住んだり、結婚したりもする。お笑い好きとしては、かなりの重症です。

 そんな重度のお笑いマニアであるお笑い芸人ならば、オリジナルの面白いネタなのか、安易なウケ狙いネタかは比較的容易に判断できるかと存じます。だから、芸人の間で「あの芸人がなんかすごいことをやっている」と噂が広まり、実際に舞台袖でネタを見るようになるのだと考えられます。だから、芸人は「袖の視聴率」を重視しているのでしょう。

 「でも観客にはウケてるじゃないか」という主張はあると思います。もちろん、スベるよりはウケるほうが観客にとっても芸人にとってもいいに違いない。ただ、お笑い業界全体で考えても、安易なネタでウケるのはあまりいい影響がなさそうに思います。理由は「進化がなくなる」からだと考えます。

 みんながみんな安易なネタ、すなわち昔の芸人の遺産を食いつぶしていては、どの芸人も代り映えのない似たようなネタばかりするようになってしまい、観客に飽きられかねない。世にエンターテイメントはごまんとありますし、笑いを提供するエンタメは何も芸人だけではありません。飽きた観客はよそに行って二度と戻って来なくなります。それを防ぐためには、大変な道だとしても自分たち独自の新しい笑いを作る必要があるわけです。

 だからと言って、芸人ウケばかり狙うのもよろしくないと考えられます。最終的にお金を払うのは観客であり、それに背を向けてしまうのは問題です。観客なんて関係ないと言うのならば、観客の前でネタをする必要がない。

 そこで思い出されるのが序盤で引用した平成ノブシコブシ吉村さんの発言です。

3つのうち2つ取ればいいって言うんですよね。「袖の芸人」か「お客さん」か、あと大人、「業界関係者」。この3つのうち2つ取った人が売れるって言われてるんですよ。

 万人にウケる必要はないけれども、ある程度はいろんな人にウケておいた方が世に出やすい。私にはそんな風に読み取れました。それを吉村さんは「『芸人』『観客』『関係者』のどれかふたつにウケれば売れる」という表現にしたのだと思います。お笑いを作る側の「芸人」、お金を払ってお笑いを見る「観客」、メディアや舞台などで芸人と観客を繋ぐ「関係者」の最低ふたつに認められれば売れると。

 もちろん、みっつにウケればいいに決まっている。しかし、いきなりそれは難しい。だから、最初は割り切ってどれかひとつにウケることを目指し、次第にウケる人を増やす方法もあるとは思います。実際、タイムマシーン3号はこの動画以降、観客への不必要な媚びを捨て、ウケる人を増やし、結果として幅広く活躍する芸人の一組となっています。

 今回は以上となります。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


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