見出し画像

鳩に拳銃

 何年か前の話なんですけれども、ちょっと用がありまして電車で2時間ほどかけて辿り着いた街をフラフラ歩いていました。さすがに移動が長かったんで、コンビニで軽食を買って近くの公園で休むことにしました。

 ベンチでおにぎりをかじりながら、馴染みのない景色をぼんやり眺め、しばしの小休止です。公園のそばにはマンションが立ち並んでおりますけれども、平日の午前ということもあってか、人の姿はほとんど見られません。たまに車が通りすぎる以外はハトやスズメが飛び回る、のどかな光景でございました。

 と、その時です。私が何となく眺めていたマンションの上層階、そこの窓が音もなく空きました。そして、中から男性の上半身がニュッと現れた。

 ベランダのない窓ですから身を乗り出すのは憚られるはずなんですが、男性は平気で上半身を出している。隣のマンションは男性の住むマンションの半分以下の高さしかないんですけれども、どうもその隣のマンションを気にしているようです。

 何だろうと思いながらお茶を飲んでいますと、男性は一旦、部屋に引っ込みました。それから数分後、再び姿を現した男性の手には何か黒いものが握られています。そして、隣のマンションの屋上に向かって腕を伸ばし、何やら狙いを定めているようでした。男性の持っているものは拳銃だと私は直感しました。

 しかし、こんな街中で堂々とマジの拳銃を出すわけがありません。誰に見られるか分からないですし、実際に私が目撃しています。たぶん偽物なんだろうなあとぼんやり注目しておりますと、手の動きからどうやら引き金を引いているご様子。発射の音は全く聞こえてきません。別にサイレンサーがついているようにも見えませんので、やはり偽物でした。ただ、銃を持つ男性はマジで狙っているようですので、BB弾くらいは飛ばしているのかもしれない。

 ただ、そうなると気になるのが、なぜ隣のマンションの屋上にぶっ放しているかという点です。男性の狙う先をジッと見ますと、数羽のハトが屋上から飛び立ったり、再び羽休めにやってきたりしている。どうやら男性はハトを追い払おうとしているようです。

 どうして隣のマンションのハトをそんな執拗に追い払っているのか。新たな謎が芽生えてきますが、謎の解決を目指してわざわざ知らないマンションの屋上に向かうわけにはいきません。ハトを追い払っている男性だって、いきなり狙ってるハトを見に知らない人間がやってきたらビビるでしょう。自分の行為の特殊さを棚に上げて「何だあのヤバいやつは」と思うかもしれない。

 せめて男性の持っている拳銃が本物だったら安心して警察に通報できるのですが、BB弾でハトを追い払う程度ではこちらとしても何ともできません。というか、追い払えても一瞬だけですぐにハトは戻ってくるので、正確には追い払えてもいません。

 私は謎が謎を生む状況を放置しておにぎりを食べきった次第ですが、同じタイミングで男性も部屋に戻ってしまい、そのまま姿を現さなくなりました。休憩が終わった私はそのまま公園を立ち去り、以降、二度と立ち寄っていないため、あの男性がそれからもハトを追い払う活動を続けているかどうかは分かりません。ただ、事件になっていないところをみると、もうBB弾でハトを狙わなくなったか、今でもひっそりとハトに向かって撃ち続けているのかのどちらかだと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?