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共感も過ぎれば笑えない

 お笑いには共感が大切だとする考え方があるようです。

 例えば、ネタ中にボケが何か変なことをやっている。それは分かるけれども、観客には何が変なのかうまく言えない。そこをツッコミがビシッと言葉にしてツッコむことで観客が「確かにそうだ」となり、笑えるという構造のようです。また、いわゆる「あるあるネタ」は観客が「あるある」と納得することで笑えるとされています。

 確かに共感が笑いを生む場合はあると思います。ただ、何事にも例外はあります。共感による笑いもまたそうみたいです。

 お笑い芸人のヒロシさんと言えば、今やキャンプの人として知られていますけれども、最初にブレイクしたのは自虐的な一言ネタによってでした。ファーストブレイク時代のヒロシさんが出した書籍「ヒロシです。」「ヒロシです。2」(共に扶桑社から出版)には、彼独特の自虐的なネタが多数収録されています。いくつか引用してみます。

「初めて献血に行ったら輸血を勧められました」
「学芸会では土でした」
「生命線が消えました」

 ヒロシさんのネタは万事こんな様子で、弱気さゆえに巻き起こる悲劇を笑ってもらう「おもしろうてやがて悲しき」的な笑いとなっています。

 当時もお笑いが好きでした私は同じ学校のお笑い仲間と共に楽しんでいたんですけれども、そんなお笑い仲間のひとりである仮名・川本君がやけに浮かない顔をしています。私は意外に思いました。川本君はヒロシさんに負けず劣らず弱気な性格で、同時にそれを自虐ネタとして披露するだけの度量がある人だったからです。私は川本君に尋ねました。

「ヒロシのネタ嫌いだっけ」
「そんなことないよ」
「じゃあ、なんでそんな顔してんの。共感できそうなのに」
「共感しすぎて笑えないんだ」

 川本君が献血ルームで貧血を起こして倒れたことは彼の口から聞いてはいましたけれども、ヒロシのネタを見るときっと当時の光景がフラッシュバックしてしまい、笑うどころではないのでしょう。個人の事情ですから仕方のない話です。

 では、他のネタはどうなんでしょうか。

「『学芸会では土でした』なんて経験はないだろ?」
「さすがに土の役はないけど、全ての役にあぶれて『沼の底の泥』の役をやらされた時はあったよ」
「じゃあ、『生命線が消えました』は?」
「この間、バイトで素手で岩を削る仕事をやらされてさ、お陰で手の皮膚が削れて生命線がなくなっちゃったんだ」

 川本君はヒロシさんのネタを踏み台にしてウケを狙おうとしているのではないか。そう疑ったんですが、手のひらを見せてもらうと確かに異様なほどツルツルなんです。川本君は「だいぶマシになったんだけどね」とか意味不明な言い訳をしていますが、生命線どころか感情線も頭脳線もありません。マジで岩を素手で削ったのか。どんな仕事だそれは。時給はいくらだったんだ。様々なツッコミが一気に噴き出して逆に何も言えなくなってしまいました。

 社会人になってからもひとり、共感しすぎて笑えないタイプの知人と出会いました。ちょうどハリウッドザコシショウさんが賞レースを制覇してブレイクした頃で、いろんな番組でハリウッドザコシショウさんの姿を見るようになっていました。

 ハリウッドザコシショウさんと言えば評価が真っ二つに分かれる芸風と申しますか、ハリウッドザコシショウ自身が評価を真っ二つに引き裂くような芸風でお馴染みです。大体上半身裸で現れ、濃い顔で睨みながら誇張しすぎたモノマネなどをやってのける。本当にヤバい人なんじゃないかという畏敬の念を禁じ得ない芸人です。つまり、笑える人は笑えるけど、笑えない人は全然笑えない。

 当時、お笑い好きの仮名・澤田さんは露出が増えてきたハリウッドザコシショウさんに対して眉をひそめていました。ハリウッドザコシショウさんが笑えないのかと尋ねると、澤田さんはうなずきます。ただ、理由を聞いてみると笑いどころが分からないわけではないようなんです。

「自分が普段考えていることばかりすぎて笑えない」

 別に澤田さんは上半身裸で日常生活をすごすわけでもなければ、右腕を縦にしてシューと言うこともなく、当然ながら腕を振り回してゴスゴス叫ぶこともありません。ただ、ハリウッドザコシショウさんがするようなことはいつも考えているようで、ハリウッドザコシショウのネタは常識的過ぎて何も笑えないんだそうです。つい私は「普段、何を考えているんだ」とツッコミじみた問いかけをしてしまいましたが、澤田さんは要領を得ない返事をするばかり。とりあえず、澤田さんはいつも頭の中でハリウッドザコシショウさんが暴れているような人だという風に認識を改めた次第です。

 共感も過ぎれば笑えない。私は川本君や澤田さんからそれを学びましたが、こんな知識を活かせるような場面なんて来世でも訪れそうにありませんので、我慢できずにここへ書いてしまいました。

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