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接待お化け屋敷

 お化け屋敷が嫌なんです。暗いし怖い。しかも、こういう施設のビビらせ方は、お化けの力を借りている癖に物陰から「ワッ!」と叫ぶような、不意を突くものが多いんです。純粋にお化けの不気味さだけでビビらせてくれたらいいものを、なんて心臓に悪い。勘弁してほしいんです。

 でも、お化け屋敷に行ったことは何度もあるんです。理由は明確で、同行者が行きたがったからです。私は必死に抵抗するんですが、気づくと一緒に行くことになっている。要は接待お化け屋敷なんです。

 しかも、同行者は外では「どうせ作りものだ」だの「出てきたらキックしてやる」だの威勢がいいくせして、屋敷に入るとみんな例外なくビビり散らすんです。入って10秒で「怖い」とか言い出す。あまりの急変に私も「おいおいマジかよ」と思うんですが、何しろ私は入る前からビビり倒していますから、同行者に「自慢のキックはどうした」といじる余裕なんてありません。

 それだけならまだしも、ビビった人間というのは加減を司る神経がおかしくなってしまうみたいなんです。例えば、声です。「怖いよお」とか、弱々しい小声でしゃべったかと思えば、大きさも高さもぶっ壊れた叫び声を上げ始めるんです。こっちはお化けからビビらされるのに忙しいのに、耳元で超音波半歩手前みたいな悲鳴を出されたんではたまったもんじゃありません。普通の客よりいつもひとつ余計に驚かされるのはもちろんのこと、同行者の叫びは私の鼓膜へ確実にダメージを蓄積させます。確実な実害がある分、お化けよりたちが悪いと言えます。

 更に、人によっては恐怖のあまり、私の腕へしがみつくんです。これを目的に気になる女性とお化け屋敷を訪れる男性が未だに後を絶たないと聞きますが、恐怖でパニックになった人間を甘く見ているとしか思えません。確かに女性がしがみついては来るんですが、作り物とは言え目の前にお化けがいるのは要するに緊急事態ですから、往々にして火事場の馬鹿力を発動させるんです。発動した同行者は私の腕に爪を立て、変なひねりを加えながらしがみつく。控えめに言って新しい関節技を決められているのと同じです。私にとってお化け屋敷は身内に怪我を負わされる施設なんです。

 まれではありますが、ひとりで進むタイプのお化け屋敷もございます。接待お化け屋敷で連れてこられた人間としては最も絶望するタイプの屋敷です。「ここはひとりずつお願いします」と係員に言われた時はもう綺麗に血の気が引くんです。外で粋がっていた同行者の悲鳴が中から聞こえてくると、いよいよ引き返したくなる。でも、なぜか私の中にギブアップの選択肢はないんです。ビビりすぎて思い浮かばなくなってるんですね。心臓バクバク言わせながら、係員の指示に従って素直に進むだけの人間になってしまってるんです。

 中に入ると、まあお化け屋敷は大体暗い。しかも、いろんなお化けがビビらせに現れる。冷静でいられるわけがありません。私は悲鳴を上げたりバタバタしたりするタイプではなく、静かで落ち着いているように見えて実際はすっかりパニックになっているようなタイプなんです。だから、しっかりとした足取りで間違える。

 初めて行ったお化け屋敷で早くもやらかしました。全身に包帯を巻いたお化けに一通り驚かされた私、心拍数高めのまま次へ行こうとすると、さっきまで「うぎゃあ」とか言って驚かせてきたお化けが普通に声をかけてきました。

「違う違う、こっちこっち」

 私が振り向くと血まみれ包帯お化けが指さしています。確かに、お化けの指さす方が道っぽい感じがします。どうも私はビビるあまり、セットの隙間をくぐって先に進もうとしていたようです。

 困ったことに、これが一度や二度じゃないんです。急に目の前が明るくなったと思ったら煌々と光る「非常階段」の看板だったこともあります。人がお化けをやっている類のお化け屋敷ですと、私はお化けを焦らすようなルートを行こうとする。お化け役の方々は屋敷内の安全管理も担っているのか、私が妙な方向へ進もうとすると例外なく親切に案内してくれます。

 つまり、私にとってお化け屋敷はひとりで行くのが一番安全だけど、接待でもないと絶対に行きたくない施設なんです。今後も同行者に押し切られない限りは行かないと思います。

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