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ビデの天才

 小耳に挟んだ話なので真偽不明ですが、日本ではだいぶ普及してきたウォシュレットが、海外の人は怖くてなかなか使えないらしいんです。確かに、ただでさえ人は用を足す時に無防備な状態となるのに、特に無防備な場所へピンポイントで狙撃をしてくるのがウォシュレットです。ちょっと待て勘弁してくれよ、という人がいたとしてもおかしくはありません。

 しかし、実際に使ってみた皆さんならご存じの通り、これほど都合のいいものもないわけです。だから、ここまで普及してきたんです。そもそも、無防備な状態の無防備な場所にスナイプしてくるって言っても、飛んでくるのは水です。普通の人間なら多少当たったところで何ともないはずなんです。なのに何をビビっているのかと私は思っていたんです。

 そんな私でございますが、ウォシュレットで使ったことがない機能はございます。いわゆる「ビデ」というやつです。もちろん、用途は存じ上げておりますし、ゆえにどの辺を狙撃されるのかも何となく推測できる。ただ、ビデのボタンを押せないんです。使う必要がないから押さないだけだと当然のように思っておりましたけれども、何かビビって押してないような気もするんです。やっぱりトイレで丸出しにされる一帯は誰に取ってもデリケートなゾーンでございますから、いきなり水でピシピシ当てられても何か嫌だし、拭くのが面倒です。それに、予想通りのところに来ればいいのですが、思いもよらぬところを狙撃される可能性もある。こんなこと考える人をビビってると言わないで何と言うのかと思い至ったんです。

 同じ男性でも私と真逆の人もいます。幼稚園からの幼馴染、ここでは吉見君としておきますけれども、彼はウォシュレットに初めて出会ったその直後、私にこんな感想を言ってきました。「特にビデがいい」。

 何を言ってるんだと私みたいな凡人は思ったんですけれども、吉見君は嬉々として「ビデは最高だ」と言って譲りません。何がいいのか、どのように使っているのか聞いても、吉見君はニヤニヤしながら「とにかくいいんだよ」と話すだけで、具体的なことは何ひとつ言語化してくれません。ただ確実なのは、吉見君のビデ好きは本物でございまして、私は彼と会うたびに「まだビデ使ってんの?」とリサーチするんですけれども、いつも吉見君は「当然」と胸を張るんです。「胸を張ることか」とのツッコミも野暮に感じるほど自信に満ち満ちている。そのうち、我々も成長し、大人となっていったんですが、相変わらずビデ最高の姿勢を崩さない吉見君はだんだん大人の落ち着きをまとった様子で「ビデはいいぞ」と語るんです。こんなものにも貫禄ってのはついてくるんだと、感心するやらあきれるやらです。

 私なんて未だにビデを使えずここまで来ているというのに、吉見君はずっとビデビデの生活を送っているんです。私と吉見君のビデ経験値の差は圧倒的となっていますが、こうしている間にも差はどんどん広がっている。

 吉見君のように、普通の人が思いつかないようなことを続けていく人間は偏った人なんだと思います。そして、そういう人のほうが、普通の人間には思いつかないアイデアをひねり出したり、なんか桁外れの功績を叩き出す、俗に天才と呼ばれる人になったりするんでしょう。もちろん、天才だって努力はしているでしょうけれども、生まれ持った偏りの影響もデカい。

 ええ、ちょうど私も「自分は何を書いてるんだ」と思ってたところです。

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