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コンプライアンスに真正面から挑んだ芸人、やくみつゆさん

 15年くらい前の出来事です。渋谷にシアターDというお笑い専門の劇場がありまして、ちょこちょこ行っては若手芸人のネタを見ていました。

 ある日、赤P-MANというピン芸人のネタを見ました。フリップを使ったネタだったんですが、芸能人の名前を用いたブラックなダジャレを笑ってもらうタイプのネタでもありました。

 劇場で披露されるネタは、密室感が出るからか、テレビじゃ絶対できないような言動がしばしば出てきます。あんまり酷いとたまに炎上して長めのお休みを取らないといけなくなる場合もあるようですが、基本的にはその場限りの出来事として客も演者も楽しんで終わりとなります。

 赤P-MANさんのネタにもしばしばテレビで放送できないものが出てきました。その筆頭が漫画家のやくみつるさんをもじった「やくみつゆ」です。何なら赤P-MANさん本人が「これテレビで放送できない」と、にこやかに言ってました。みんな笑ってましたが、このネタが楽しめるのはこういう場所だけだろうな、と思っていたでしょう。

 それから10年くらい経った日のことです。パソコンで何となくニュースサイトを見ていたら、あの劇場を沸かせた「やくみつゆ」の5文字が目に飛び込んできました。最初は本家やくみつるさんの見間違いかと思いきや、本当にやくみつゆでした。しかも、芸人がその名前に改名したという。

 調べたら、やくみつゆさんは赤P-MANさんの元相方で、当時は共にオフィス北野に所属していました。オフィス北野と言えば、ビートたけしさんがいる事務所として知られていまして、所属芸人の多くはビートたけしさんから無茶苦茶な名前を付けられていました。私が最初に見た時のやくみつゆさんはルビー浅丘モレロと名乗っていまして、次に見た時には東京名物大神本舗五百年と呼ばれていました。それからダイオウイカ夫に改名したところまでは知っていたのですが、どうやらまた改名していたようです。元相方の赤P-MANからアイデアをもらったかどうかは定かではありませんが、無関係ではなかろうと個人的には勝手に思っています。

 しかし、やくみつゆです。赤P-MANさんが「これテレビで放送できない」と告白した渾身のネタです。こんなものを名前にしたら、普通は活動に支障が出ることでしょう。

 やくみつゆさんは最初に本家であるやくみつるさんへ許可を取りに行ったそうです。ここまではまあ、普通の人でも思いつきそうなものですが、やくみつゆさんは「『やくみつゆ』と名乗っている間に薬物使用事件を起こした場合はやくみつるさんに慰謝料1億円を支払う」とする誓約書も渡したそうです。やくみつるさんは誓約書を読んで「がんばって、早くヤクに手を出してください」と言ったとのこと。

 こうやって本家のお墨付きをもらえれば堂々と活動するどころか、話のネタにもなる。名前のヤバさは変わりませんが、慰謝料1億円のお陰で世間が「逆にヤクをやりづらいだろう」と思ってくれるかもしれない。やくみつゆの名前でどれだけテレビでの活動ができているのかは分かりませんが、とりあえずメディアで取り上げられても大丈夫な状態にはなっています。やくみつゆさんは現在、事務所を離れてフリーのピン芸人として今も活動しています。

 最近はコンプライアンスが重視される世の中になり、お笑い芸人もまた例外ではありません。そんな中、15年前ですらヤバいとされた名前がピン芸人の名前としてむしろ表に出てきた。もちろん、本家やくみつるさんが洒落の分かる方だったというのもありますけれども、本人に許可を取るという正面突破で、やくみつゆを名乗れるようになった事実には、いろいろ考えさせられました。

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