見出し画像

他人の杞憂は面白い

 私はしなくてもいい心配、すなわち杞憂をするのが大得意なので、他の人が杞憂に走る気持ちは非常によく分かります。起きる確率がどれだけ小さかろうとゼロじゃないなら余裕で心配してしまうんです。実際、ほぼ全ての心配事が現実にならず終わるんですが、私のような杞憂のプロになりますと、ひとつの心配事が幻と消えたところで他の心配事に夢中ですから、気持ちの休まる暇がないわけです。

 杞憂を抱く人の気持ちはよく分かりますけれども、人が何に心配するかは個性が出るようで、他人の杞憂を聞いてみますと、プロ杞憂選手の私でもビックリするようなものがゴロゴロ出てくるものです。

 例えば私の友人、ここでは町田さんとしておきますけれども、そんな町田さんと共にとある方の講演を聞きに行った時の話です。そのとある方とは甲殻類の専門家でございまして、特に世界最大の節足動物として名高いタカアシガニに詳しい、Mr.タカアシガニとも呼ぶべき方でございました。

 講演の内容は当然ながらタカアシガニの話でございまして、生き物が好きな私としてはMr.タカアシガニの話を楽しみにしていたのですが、講義内容を知った町田さんは浮かない顔です。理由は明確でございまして、町田さんはカニ全般が嫌いだったんです。しかも、アレルギーで食べられないとかそういう理由ではなく、外見が気持ち悪いという理由で嫌いなんです。町田さんの好みを把握していなかった私が悪いんですが、こんなにも講演内容と相性の悪い方をどうして連れてきてしまったんでしょう。

 嘆いても仕方がないので、町田さんには我慢してもらい、ふたりで講演に臨みました。当然ながら、Mr.タカアシガニはパワーポイントで迫力あるタカアシガニの画像を見せつけてきます。そのたびに町田さんは目をそらすわけですが、講演は興味深い内容だったようで話に耳を傾けながらメモを取っていましたし、講演が終わるとMr.タカアシガニへ個人的な質問をあれこれぶつけていました。

 質問をし終えた町田さんは、私に真剣な様子で「恐ろしいことが分かったぞ」と言ってきました。どうも町田さんはMr.タカアシガニに「タカアシガニは人を襲ったりしないのか」と尋ねたそうです。大人がする質問とは思えない内容ですが、ご存じの通り町田さんはカニの見た目が嫌いな人です。つまり、気持ち悪い虫とかヤバいエイリアンとかと同じ感じでカニを見ているんです。最大級のカニともなれば、襲われる恐怖を抱いても不思議ではありません。

 Mr.タカアシガニの解答はこうだったそうです。「タカアシガニは基本的に人を襲いません。ただ、何かにしがみつく性質がありますから、近くのダイバーにしがみついてしまう可能性はあるでしょうね」。町田さんにとってそれは人を襲ってるのと同じでした。

 「怖すぎでしょ。タカアシガニのいるところをうろつくのは絶対にやめよう」と町田さんは戦々恐々です。しかし、ウィキペディアによりますと、タカアシガニが生息するのは水深150~800メートルの海底です。つまり、しっかりとした深海でございまして、人がうっかり立ち寄ってしまうような場所ではない。しかも、町田さんはダイビングの経験がゼロで、今後もするつもりはないようです。

 タカアシガニを恐れるあまり、深海を歩き回ること前提でものを考えてしまう。他人の杞憂は本当に面白いと思いますし、私の杞憂が周囲にどう思われているのかも非常によく分かった次第です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?