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悪いことにも個性が出る

 何をするにしたって個性が出る。当たり前と言えば当たり前なんですけど、その「個性の出方」はしばしば見る者を不思議な気分にさせます。価値観の違いがそうさせるのか分かりませんが、「彼はどうしてそんなことをしたのか」としか思えないような行為を目撃する場合もある。それは悪いことであっても同じのようです。

 例えば、私が通っていた大学の学食で起きた出来事です。ご飯を食べるお店ではしばしば、入口にメニューのディスプレイが設けられています。ガラスケースの中にメニューの名前と値段、あとは料理の模型が置かれる場合が多い。

 その学食では日々変わりまくるメニューに対応するためか、ディスプレイには本物の料理が置かれていました。当然、器も学食で使っているものです。「まあ、そんな店もあるか」と思って、私は特に気にしてもいませんでした。

 たまにディスプレイにメニューと値段が書かれた紙しか置かれてなくても、「学食の方が入れ忘れたんだろうな」くらいにしか思っていませんでした。しかし、ある日、ディスプレイに紙が貼られていました。紙には赤いマーカーペンでこう書かれていました。

近頃、ディスプレイの見本を勝手に持って行って食べる方がおり、困惑しています。展示用の料理は通常に比べて火を通していないため、食べるとお腹を壊す危険性があります。やめていただきますよう、よろしくお願いいたします。

 最初は「盗み食いするな」の一言を丁寧に書いたものだと思ったんですけれども、それにしては何かおかしい。展示用は火を通していないからお腹を壊す。ディスプレイのものを盗まれたくないけど、あまり荒々しい言葉を使いたくないあまり、よく分からない嘘を書いてしまったんでしょうか。それとも、ディスプレイ用の料理を作る人にとっては当たり前の知識なんでしょうか。今でもよく分かりません。

 それにしても、ディスプレイの食べ物を盗み食いする人の存在です。もちろん、当時も奨学金とアルバイトでどうにか大学に通う苦学生はいましたけれども、ディスプレイの食べ物にまで手を出さざるを得ないとはどれだけ苦にまみれた学生だったんでしょうか。それとも、どこぞのお調子者がノリで食べていただけなのか。

 こんなこともありました。大学生時代、私は家から歩いて20分程度の場所でアルバイトをしていたんですけれども、その日はちょうど台風が上陸していました。天候を理由に休むこともできたんでしょうけれども、職場に断りの電話を入れるのが面倒だった私、とりあえずバイトへ行くことにしました。

 もちろん、外は桁違いの雨と風です。電話をダルがって命を懸ける羽目になったわけですが、まあどうにか職場には着きました。傘をさしていたはずなのに、胸の辺りまでずぶ濡れです。それでも制服に着替えまして、仕事を始めました。

 バイト先はとある大型スーパーでございまして、普段ならば多くの客で賑わうのですが、この日は全然違います。店員の方が多いんじゃないかと思えるほど、まばらにしか客がいない。あまりに忙しいのは大変ですが、暇すぎるのもそれはそれで疲れる。幸い、外が嵐だろうとやることはありましたので、台風が通り過ぎるのを心待ちにしながら働いていたのですが、売り場の隅がにわかに騒がしくなりました。私服店員の怒鳴り声が静かな店内に響き渡ります。

 しばらくして社員の方がウンザリした様子でやってきました。「盗撮が出た」。どうも男が登りエスカレーターで前にいた女子高生のスカート内部をスマホで撮影していて、私服店員に捕まったようなんです。台風直撃の日に大型スーパーまで来て何をやってるんでしょうか。私は呆れてしまいましたが、盗撮魔には更なる隠し要素があったんです。社員の方は言いました。「しかもそいつ、海外のやつらしい」。

 つまり、海外からわざわざ日本に来て、なぜか知りませんが嵐をかいくぐってまで大型スーパーにやってきて、同じく嵐をかいくぐってやってきた女子高生を見つけ出して付け狙い、登りエスカレーターに乗ったところを見計らって盗撮を開始し、直後に捕まったと、そういうことのようです。無駄に壮大な盗撮もあったもんです。お金と時間と命をかけてまですることなのか。人類の多様性を痛感せずにはいられません。

 人類の多様性に圧倒された私は、つい社員の方にぼやいてしまいました。

「なんでこんな日にわざわざ盗撮しにくるんすかね」
「濡れた制服がいいってやつは一定数いるからなあ」
「なに盗撮魔目線で物を語ってんすか」

 私、ついつい10歳年上の社員にツッコんでしまいました。

 何をするにしても個性は出るし、中には不思議な出方をする人もいる。食い逃げや盗撮でもそれは同様なのだと自信を持って言えるようになりました。

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