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アナログスパムメール

 私が幼稚園児をしていた頃、通っている幼稚園が一時期、公式で郵便ごっこをしておりました。先生が用意した、明らかに画用紙でできたオリジナルハガキの住所部分にはクラス名、宛名部分には送りたい子の名前を書き、どうみても段ボール製のポストに投函すると、先生の指導の下、配達係の子たちがハガキを回収、分類され、それぞれのロッカーにハガキが届けられる。

 もちろん、ハガキの裏側は好きにメッセージが書き込まれる場所です。とはいうものの、利用者は全員幼稚園児です。ついさっき砂場で遊んだばかりの子に、「すなばあそび たのしかったね」と芸術が爆発した文字で一行書くのがせいぜいです。つい「せいぜいです」なんて書いてしまいましたが、利用者は誰もが郵便ビギナーなんですから、それでもいいわけです。「拝啓、時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます」なんて書く幼稚園児のほうが特殊なんです。そんなのは人生5巡目に入ってる子だけに限られます。

 さて、そんな郵便システムを私もちょこちょこ使っていた気がします。昔から人見知りで、「あまりたくさん手紙を送ったら迷惑かな」なんて考える子でしたが、それでも限られた仲のいい子とは簡単な手紙のやりとりをしていました。

 ここでは小田君としておきますけれども、小田君とも手紙のやりとりをする仲でございました。クラスは違いましたが、家が近所ということもあり、幼稚園に通う前から知っている間柄です。さあ誰に手紙を書こうと思った際、お互い真っ先に浮かぶ名前でございました。先手を打ったのは小田君で、郵便ごっこ開始初日にはロッカーにハガキが届いていました。私は小田君のメッセージを受けて返事を書けばいいわけです。

 しかし、小田君の手紙は「おげんきですか」だけなんです。私はハガキに「げんきです おだくんは?」とだけ書いて小田君に送りました。翌日にはまた小田君から手紙が届いています。内容はまた「おげんきですか」だけでした。次の日も、また次の日もまた同じでした。

 何度かは返事を書いたと思うんです。でも、何を書いても翌日に届く小田君の手紙は「おげんきですか」の一文のみ。手紙を書く気力が失われていったのも無理はないでしょう。私は小田君へ返事を書かなくなってしまいましたが、小田君からは毎日ひたすら「おげんきですか」が送られてきます。

 そんなある日、小田君のメッセージに変化が現れました。「たこおやじのばか」。何でこう私を試すようなまねばかりするんでしょうか。返事があろうがなかろうが毎日「おげんきですか」も十二分に謎でしたが、突然の「たこおやじのばか」は私に更なる謎を突きつけます。「たこおやじ」とは誰なのか。どう「ばか」なのか。なぜ小田君は「たこおやじ」の悪口をわざわざ私に送りつけてくるのか。

 久々に返事を書こうと思いましたが、もう1日だけ待ってみようと思いました。様子を見ようと考えたわけです。次の日も例によって小田君から手紙が届きました。内容はもとの「おげんきですか」に戻っていました。次の日も、その次の日も同じです。

 「たこおやじのばか」とは何だったでしょうか。他の人に出すつもりのハガキを間違って私に送ってしまったのでしょうか。それとも、あまりに返事が来ないから違う文章を送りつけて反応を見ようと思ったのでしょうか。もしくは、本当に何となく違うメッセージを書いてみたのでしょうか。

 「小田君に直接聞けばいいじゃん」という話なんですが、クラスが違うと意外と会わないもので、いざ会った時には手紙のことなんてスッカリ忘れているんです。結果として手紙の謎を解かないまま、もう何十年も経ってしまいました。

 当時はインターネットなんてごく一部の専門家しか知らない存在だったはずですが、郵便ビギナーだった私は小田君によって早くもスパムメールというものを経験していたのかもしれません。

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