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何でも試さずにはいられない人が試したこと

 何でも試したがる友人がいるんです。もちろん、私も友人による実験によってたびたび犠牲になっています。

 例えば、落語に「時そば」または「時うどん」という噺がございますね。ご存じの通り、そばだろうがうどんだろうが物語の肝は同じです。そばまたはうどんを食べて代金を支払う時、店員の前でお金を1枚ずつ数えるわけなんですが、途中で質問を挟んで代金を誤魔化すという手法ですね。ええ、これを割り勘でご飯を食べていた時にやってきたんです。

 友人がテーブルで百円玉を出しながら数えていたんですが。

「1、2、3、4。いま何時だっけ?」
「5時だよ」
「6、7、8――」
「待て待て待て待て、騙されるか」

 ウケ狙いなのかマジで金を誤魔化したかったのか、はたまた有名古典落語の手法が本当に通用するのか試してみたかったのかは知りませんが、とりあえず私にとってその友人は時そば時うどんの手法をマジで使ってきた唯一の人類です。

 ちなみに、友人は仕事中にもいろいろ試したくなってしまうため、探求心を抑え込むのがなかなか大変だと言っていました。しかし、たまに溢れ出る探求心を抑えられなくなるようです。

 友人は仕事柄、いろんな取引先を訪れるそうなのですが、A社の部長とB社の部長が顔が激似なのを前々から気にしていました。名前も出身地も違うのに、顔だけは本当によく似ている。普通ならば他人の空似で済ますところなのですが、友人は違いました。私と会うたびに、ふたりの関係性を気にしていました。仮にA社の部長を山田さん、B社の部長を鈴木さんとします。

「あのふたりは絶対に怪しい」
「親戚関係を疑ってんのか」
「いや、山田さんと鈴木さんは同一人物だね」
「2社の部長職を兼業してどうするつもりだよ」
「産業スパイだよ、産業スパイ。A社とB社の機密情報をそれぞれ相手の会社に提供してお金をもらってんだよ」
「普通に身体がもたなくね?」
「どっちの部長も出張が多いんだよ。つまりそういうことだ」

 どういうことなのかよく分かりませんが、友人はふたりの関係性どころか陰謀論ばりの同一人物説をぶち上げて楽しんでいました。

 一通り訳の分からない説をぶち上げた友人は、いよいよ試したくて仕方がなくなってきたようです。

「A社の山田さんに『鈴木さん』って読んだら思わず振り向くかな」
「んなわけないじゃん」
「分かんないだろ。マジで同一人物だったらどうなるだろうな」
「そりゃあ、『どうして気づいた』ってものすごい怖い顔で言われた瞬間に気を失って、目が覚めた時には地下室の天井から鎖でぶら下げられてるんだよ。で、地面には腹をすかせたホワイトタイガーがこっちをガン見してるんだ」

 私がそういうと友人は何だか嬉しそうな顔をしていました。もう嫌な予感しかしませんでした。

 一応、「試すなよ」とは言っておきましたが、探求心が抑えられない友人にとってはフリにしか聞こえなかったんでしょう。その後、A社に訪れた際、山田部長に「鈴木さん」と呼んでみたそうです。後日、私は友人に尋ねました。

「どうだった?」
「『え?』みたいな反応された」

 まあ、現実はそんなもんですよね。でも、試さずにはいられない。それが友人のようです。

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