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ベタを回避する人、ベタをベタじゃなくする人

 15年は前の話だったと思います。私は初めてM-1グランプリの予選を見に行きました。確か2回戦でした。100組以上いる芸人の漫才を7時間かけて鑑賞するという桁違いのライブです。

 ただ、それだけ芸人がいるとさすがにネタがかぶってくる。更に何日か2回戦を鑑賞し、とにかくかぶりやすいテーマがふたつあると気づきました。「10回クイズ」と「ひとつ飛ばしてべっぴんさん」です。

 10回クイズは例えば「ピザ」と10回言わせたあとで肘を指して「これは?」と尋ね、「膝」と言わせるような、相手を引っかけるタイプのクイズです。ウィキペディアによると1987年に「鴻上尚史のオールナイトニッポン」で取り上げられ、翌年に10回クイズを扱った書籍が出版されてブームとなったそうです。

 「ひとつ飛ばしてべっぴんさん」は観客をひとりずつ指を差しながら「べっぴんさん、べっぴんさん、ひとつ飛ばしてべっぴんさん」と軽く失礼なことをして笑いを取るギャグです。これまたウィキペディアによりますと、吉本新喜劇で活躍した喜劇俳優の岡八朗が掴みのギャグとして用いたのが始まりだそうです。

 10回クイズもべっぴんさんも、知っていれば誰でも気軽に真似できますし、他の言葉を使って改造することもできます。使いたくなる気持ちはよく分かりますが、10組に1組のペースでやられるとさすがにきつい。特に10回クイズは大半がピザから肘という、いわばベタ中のベタなやつです。漫才のネタなんて無限と言えるほど膨大にありそうなものなのに、10%もの組が同じことをするなんて驚きです。

 ただし、どんな素材だって人によってはうまく調理できる。10回クイズやべっぴんさんも例外ではありません。

 10回クイズで印象深かったのは、ブレーメンというコンビでした。ボケの関根さんはスターを自称し、スターらしいズレた発言を武器にしていました。彼らの10回クイズもまた、スターらしさを存分に発揮したものでした。確かこんな感じだったと思います。

「ピザって10回言って」
「俺はスターだから君に10回も時間を取らせない。1回で充分だ。ピザ!」

 とにかくスターを言い訳に10回クイズのスタートに立とうとしない。私が見た限り、そんなことをしたのはブレーメンが唯一です。

 べっぴんさんで印象深かったのは、ムニムニヤエバというコンビでした。ふたりとも格闘家のような格好をしてまず観客を一通り睨みつけます。

「私は強い。だからお前は倒せる、お前も倒せる、ひとつ飛ばしてお前も倒せる」

 すると相方が飛ばされた人を睨みつけて叫びます。

「貴様、何者だ!」

 改造べっぴんさんを披露する場合、単に「べっぴんさん」の部分を変えるだけの組が多い中、「ひとつ飛ばして」の意味合いを変え、客席に強者が紛れ込んでいたというドラマに発展させたのが面白かったです。

 上記の2組はネタ自体にも定評があり、大型賞レースでも決勝手前まで来てはいたものの、残念ながら何年も前に解散しています。しかし、待っていただきたい。彼らの他にも芸人はたくさんいる。つまりは才能の宝庫です。みんなが「10回クイズ」や「べっぴんさん」にテーマを絞って考えたら、原型が分からないほど斬新なものから基本にしっかり立ち返ったものまで多彩なネタが生まれるでしょう。

 何なら、それらを集めて大会を開いてもいいでしょうね。「10-1グランプリ」と「べっぴん-1グランプリ」、どちらも意味不明な名前でいい感じです。

 ちなみに、以降もM-1グランプリ2回戦をそこそこ見て参りましたが、10回クイズやべっぴんさんをする組は徐々に減ってゆきました。つまり、ネタかぶりを防ぎ、独自のネタを作ろうとする人が増えていった。

 ネタ番組や賞レースでは誰かが定型文のように「最近のお笑いはレベルが上がっている」と言う場面にしばしば遭遇します。私は全てのお笑いを見てるわけではないので断定はできませんが、少なくとも個人の体感としてM-1グランプリ2回戦のレベルは上がってきていると思います。

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