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上野公園の山盛り鳩

 上野公園に行くといつも蘇る思い出があるんです。小さい頃、家族で東京観光した際に上野公園にも訪れたんです。上野公園には人がたくさんいましたが、それ以上に鳩がたくさんいまして、鳩の餌を売る人もまだ辛うじて残っていた時代でした

 「あの餌が欲しい」と私は母に言いました。値段は数百円程度でしたが、買ってもらえないと思いました。今まで街で散々いろんなものをねだっては断られてきたからです。だから、OKが出た時は嬉しさよりも驚きが先に出ました。母も久々の東京で気分が高揚していたのかもしれません。

 買ってもらった私は早速、広場の真ん中で餌の袋をやぶりました。鳩の反応は想像以上でした。もう、あっという間に十数羽の鳩がバサバサと飛んでくるんです。餌をくれる人を散々見てきた、いわゆる「訓練された鳩」なんでしょう。餌を地面にまけば更に多くの鳩がやってくる。

 いつしか私は餌をまく必要もないことに気づきました。立ったまま手の上に餌を出すだけで鳩が身体に止まって餌を食べては去っていくんです。去っていくって言ったって、来る鳩のほうが圧倒的に多いため、私の上半身は鳩に埋まる勢いでした。両腕はもちろん、肩にも頭にも鳩が止まるんです。

 幸いにして鳥が好きだった私は、自分の間近で鳩がついばむ姿を喜んで眺めていました。餌を使い切るまで時間にして10分もかからなかったと思いますが、鳩が視界を埋め尽くす光景は今でも楽しい思い出として心の中に残っています。

 上京したあと、改めて上野公園へ行く機会がありましたが、あれから二十年近く経っていたこともあり、状況は大きく変わっていました。鳩の餌売りは姿を消し、鳩自体も数をグッと減らしていました。増えすぎた鳩による糞害などの問題が取りざたされ、みんなむやみに鳩へ餌を与えて増やさないような方向へ考えるようになっていました。公園は相当スッキリしていましたから、みんな相当がんばったのだと思います。鳩による害がそれだけ深刻だったとも言えます。

 私だって鳩に糞をガンガンやられたら嫌ですから、対策を取った方々の気持ちは非常によく分かります。しかし、一方で私は、あの山盛りの鳩の楽しさを忘れられずにいます。あんなことがまたできたらいいなあとさえ思っている。

 どうにか糞の害を防ぎつつ山盛り鳩を満喫する方法はないかなあと思うんですが、いつもいい結論に至れず終わってしまいます。鳩が猛烈な進化をして、糞をしなくなればいいのでしょうが、それが実現するまでに何万年待たなければいけないのか分かったもんじゃありません。

 数十年単位の未来しか過ごせない私としては、スッキリとした上野公園で山盛り鳩の思い出に浸るのが結局は一番現実的なのかもしれません。

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