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幸運は偏り、そして気づかない

 もともと肌のトラブルが多い体質でした。汗疹は幼少期から悩まされてきましたし、心身に強いストレスを受けると分かりやすく肌に出ます。湿疹で肌が痒くなり、寝てる間に血が出るまで掻いてしまう場合もあります。今は医師の治療を経て、自分なりの予防も確立できているため、肌の状態はかなりマシになっています。

 しかし、大学生の頃は大変でした。男性の身体には街中で見せると間違いなく警察に捕まる部分がありますけれども、そこの皮膚が荒れたんです。もともと、小学生の頃から症状が悪くなったり良くなったりを繰り返していましたが、大学生の私は不健全な生活サイクルを繰り返していた上に様々なストレスに悩まされ、いよいよ皮膚が冬の日本海並に荒れ始めたんです。

 荒れ方が冬の日本海並にもなりますと、もう痒くて寝られないんです。かきたいけどかけないイライラが更に脳を覚醒させます。結局、夜中をとうに過ぎた頃、眠気が痒みを上回ってようやく気絶するように眠りにつける。眠っている時も油断はできません。寝てるとは思えないほどの力で皮膚をかきむしるんです。朝起きれば手の爪は真っ赤、痒かったところは傷だらけで血がにじんでいる有様です。

 ドラッグストアで薬を買って使っても効果なし。ネットで調べた対処法をいろいろ試しても改善の兆しがありません。困った私の目に、とあるネットの書き込みが映りました。「結局は医者に診てもらうのが確実」。

 やはりそうかと思いつつ、私は気乗りしませんでした。私は人前で裸になるのがあまり好きではなく、公衆浴場もなるべくなら入りたくないんです。それが治療のためとはいえ、知らない人にあんなところまで見せるのが嫌でたまりませんでした。しかし、もう睡眠に影響が出るレベルになってきましたし、ネットの書き込みは「医者はプロだからそういうのに慣れてる。大丈夫」と私を後押しします。じゃあやってみるかということで、大いなる不安を抱えながら病院へ行きました。

 病院の待合室に座っている頃にはもう腹を括ったと思っていましたが、心のどこかでは「せめて男性の医師が診てくれれば」と期待していたようです。こういう時に限って出てくるのは女性医師なんですよね。もう愕然としました。診察室に来たからにはもう逃げられません。正直に症状を話して患部を見てもらおうと思いました。

 もちろん、大いなる不安は診察中も継続したままです。ベッドへ横になって服を脱ぎながら私が思っていたのは「『患者のフリして女性医師にあれを見せつけて喜ぶ変質者』と間違われて警察を呼ばれないだろうか」というものでした。ちゃんと患部は血まみれなので、そんなわけないはずなんですが、当時は真剣に不安がってました。女性医師が過去に見せたがりの変態患者に遭遇していたとしたらあり得る話だと思ったんです。

 もし私が通報された暁には、「お前ら変態どもがひと暴れしたから俺が捕まったんだ」と叫びながら世の中の見せたがりを片っ端からなぎ倒す、冷酷な変態ハンターマシンとして残りの人生を過ごしたでしょう。しかし、幸いにと言うべきか、やっぱりと言うべきか、そんなことはありませんでした。特にトラブルもなく診察は5分で終了、処方箋をもらって薬局へ向かい、お薬を買って家へ戻りました。

 帰宅して早速お薬を使いました。もう、今まで苦しんできたのは何だったのかというくらい、アッサリと治りました。1日でほぼ完治、以降は同じ部分の皮膚が荒れたことはありません。医者はすごいと改めて痛感しました。

 とは言え、当時はただただ恥ずかしい思い出で、とてもじゃありませんが人には言えませんでした。ただ、こうも思うんです。「見せたがりの変質者にしてみたら幸運以外の何物でもない状況だっただろう」と。病気という理由があるとは言え、もう合法的にマジマジと見られるわけですから。向こう30年はその時の思い出を支えに生きていけるレベルに違いない。

 合法的に見られる状況は確実に存在しているのに、見せたがりの非合法な行為は後を絶ちません。世の見せたがりたちは合法的に見せられるという「幸運」が存在していることに気づいていないのでしょうか。それとも、そういう「幸運」は求めて手に入れらるような生易しいものではなく、逆にそういう「幸運」を一切求めてない私のところに転がり込んだとでも言うのでしょうか。

 幸運は往々にしてどこかに偏りますし、手にしてても気づかない人は気づかないものなんだなあと思った次第です。そして、私が辿り着いた結論は多分間違っています。

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