言葉遣いから見るR-1グランプリ2023決勝の感想
2023年3月4日にR-1グランプリの決勝が放送されましたので、その感想を書いて参ります。今回はM-1の時と同様、「いいネタはいい文章を書く参考になるんじゃないか」という偏見により、言葉遣いを中心に展開していこうと考えております。
ファーストラウンドの順番に沿ってネタを取り上げまして、必要に応じてネタのセリフを引用していく形となっております。読みやすさを重視するため、セリフの細部を変更したり、注釈を加えたりしている箇所がございます。また、敬称略になっている部分もございますので、ご了承ください。
それでは、早速参ります。
1.Yes!アキト ――一発ギャグで培った説明の省略
Yes!アキトさんは彼女にプロポーズを試みますが、ついつい一発ギャグが飛び出してしまうコントを披露しました。
引用するのは冒頭部分です。
最初の15秒程度で、どのような場面かを説明しきっています。この場面を見て、Yes!アキトさんが演じる男性が何をしようとしているのか分からないという方はまずいらっしゃらないと思います。
ピン芸は舞台にひとりしかいない関係上、表現できることが非常に限定されます。そのため、どうしてもセリフで場面を説明しなければいけない場面が増えてくる。しかし、あまりに説明口調が多いと不自然な感じになりますし、単なる説明は笑いに繋がりづらい。
その点いくと、手を洗い、何かに向かって「結婚してください」と言う。これだけでも充分にトイレでプロポーズの練習をしていると分かります。更に、席に戻り、彼女に何度もトイレへ行っていることを謝る。説明としてはダメ押しと申しますか、より観客に伝わりやすくするための配慮でしょう。
説明口調と言えなくもありませんが、セリフとしては自然です。何より、このコントは「プロポーズをしようとする男性が我慢できずに一発ギャグをする」という場面が理解できないと、ただただ一発ギャグの羅列になってしまい、このコントにおける本当の面白さが理解できなくなってしまいます。そのため、大事を取って相手に謝るセリフをひとつ入れたのだと考えられます。
Yes!アキトさんはもともと一発ギャグを得意とされている芸人であり、だから今回もコントをベースとしつつも一発ギャグをメインとしたネタを披露したのだと思われます。一発ギャグは数秒単位の短い時間でやらなければいけないため、かなり説明を端折ったものになります。場合によっては敢えて説明を不足した状態で披露する。では、その不足した説明は何で補うか。当然、観客の想像力です。
誰が会社で好き放題やっているのかと思ったら株主だった。その面白さを短時間ながらうまく表現しきっています。言葉で説明できない分を動作や言い方で補っている点もございますが、単語と擬音だけあとは観客にゆだねるという勇気は相当なものです。
みんなが知っているものを活用して余計な説明を省くという手法も光っておりまして、「プーマの真っ正面」がその典型です。
ラストもシンプルです。
若干説明口調ながら勢いでプロポーズした感じを自然に出し、アッサリいい返事がもらえたところでスパッと終わらせる。この辺りも一発ギャグに通じる、無駄排除の極致と言えましょう。
2.寺田寛明 ――計算に基づきシンプルにまとめられた説明
寺田寛明さんが披露したのは日本語のおかしなところをレビューサイトの辛辣なコメントとして指摘していくネタでした。PCとモニターを用いてますが、文字や図柄を見せながら話を展開する、いわゆるフリップ芸の一種だと思われます。
説明口調は不自然になるとYes!アキトさんのところで書きましたけれども、それは日常生活を切り取るようなコントだったからであり、このネタのように言葉の意味を説明しなければならないなど、説明を用いる必然性があるならば、当然、論理立てて説明していったほうがいいわけです。ただし、ネタ時間が限られていますから、説明は短くまとめなければなりませんし、単なる説明が極めて笑いに繋がりづらい点は変わりません。
寺田さんのネタは、まず言葉と辞書的な意味を見せ、その後、必要であれば語源の説明をします。これがいわゆるフリとなるわけです。例えば、「けんもほろろ」ではこうなっています。
辞書的な意味は非常にシンプルで、まさに辞書っぽい表現です。語源も端的に書かれており、フリとしても過不足ありません。
オチを担当するのが、「レビューサイトの辛辣な意見」となります。レビューサイトのコメントっぽさを出しつつ、笑いどころを作っていくわけですね。ここではふたつ目の意見を引用します。
「辛辣な意見」かと思いきや、「一度休んでほしい」という妙に優しいコメントで肩透かしを食らわす形になっています。緊張した状況から急に緩和させ、そのギャップで笑わせる手法だと思われます。
寺田さんとしてもこの「一度休んでほしい」という言葉が大切なオチだとにらんだのか、その部分だけ後に出る仕組みになっていました。この判断は正解だと思います。
基本的には似たような形式が続くんですが、「付和雷同」で変化が見られます。まず、ひとつ目の意見を引用します。
説明としては込み入っていてシンプルとは言い難い部分があります。しかし、この意見により「付和雷同」を四人組の男性アイドルグループにして、漢字の一つひとつがグループを構成するアイドルのひとりにした、つまり擬人化させた点がこれまでと大きく異なります。
そこからは「『雷』が卒業したら終わり」「ソロでやらせてあげて」と、グループ内格差を巧みに使って畳みかけ、とどめがこれです。
「雷」のイメージがなぜ黄色なのか説明しなくても、状況だけを言えば観客は面白どころを含めて十二分に理解できます。アイドルのイメージが世間に浸透しているところを計算し、最小限の言葉で伝えたいことを伝えきっている。非常によくできた一言となっています。
3.ラパルフェ 都留 ――複雑な構造をフォローする音声と励まし
都留さんが披露したのは、やたら巨大な阿部寛さん(ドラゴン桜バージョン)が怪獣と戦うコントでした。
都留さんはモノマネを得意としており、現在はモノマネを取り入れたネタをしていることがほとんどです。
阿部寛さんの戦いを見守る街の一般人が音声として挿入されており、基本的にはその音声が状況を説明してゆきます。状況が非日常的な上、モノマネが入っており、更にそのモノマネも特定のドラマに扮している時という、なかなか入り組んだ形になっています。その複雑さからか、とにかく音声が説明口調になっており、発言も含めていろいろ分かりづらい巨大阿部寛さんをフォローしています。
その中に置いて、街の一般人が倒れた阿部寛さんを励ます場面だけは異質です。
芸能人に出会ったファンが言いそうなセリフの波が阿部寛さんを蘇らせるわけなんですが、ここだけ説明口調っぽさがなくなり、それでいて笑いどころが理解できるようになっています。自然で無駄のない流れです。だから、このネタでも有数の笑いどころとなったのだと考えられます。
4.サツマカワRPG ――説明を排した場面と説明的な繋ぎの緩急
サツマカワRPGさんは、いくつもの場面を数珠繋ぎにしたコントを披露しました。
サツマカワさんのネタは一つひとつの場面で笑いどころを作りつつ、それぞれの場面を繋げていくというやや特殊な構成でした。各場面には必ずふたり以上の人物(ロボ含む)が登場し、その中のひとりが次の場面でも引き続き登場することで場面を繋いでいく形です。
このネタは場面とそれを繋ぐ部分で大きく言葉遣いが異なります。繋ぎの部分における登場人物のセリフの一覧が、次の通りです。
上記のセリフはそれぞれラーメン屋店員、空手教室の生徒、空手教室の先生、マジック好きのロボット開発者、マジック好きのロボット開発者となっています。これらのセリフの特徴としては、全体的に説明的である点があげられます。強いて言うなれば「最近の若いもんは辛抱が足りないな」は説明感が薄く、最も自然なセリフとなっています。
前出の通り、前の場面の登場人物ひとりが次の場面へも引き続き登場することで場面の前後に繋がりができる構成となっているのですが、そこに誤解が生じるとこの独特な構成自体が理解されなくなり、これは言い換えればネタ自体が意味不明なものとしてとらえられかねません。だから、少し説明的なセリフで繋ぐことにより、誤解を防いでいるものと考えられます。
一方で、各場面の笑いどころは説明的なセリフがかなり排除されています。例えば、最初のラーメン屋の場面を例にとります。
それぞれのセリフは極めてシンプルです。でも、会話の内容も面白どころも理解できますし、ラーメン屋にはそういう店主もいるという一般的なイメージが、シンプルな会話を自然なものとして成り立たせています。
もともとサツマカワさんもYes!アキトさんのように一発ギャグを得意としている芸人ですから、シンプルな言葉で端的に笑いを取ることに長けていると思われます。そのため、このような最低限のやり取りでもウケを狙えるのでしょう。
なるべく説明を排した場面を、説明的なセリフで繋ぐ。この緩急織り交ぜた言葉遣いにより、独特な構成のネタを成り立たせていると考えられます。
5.カベポスター永見 ――意外性と関連性と想像力のバランス
永見さんは「世界でひとりは言っているかもしれない一言」と称して次々におかしな一言を発してゆくネタを披露しました。
ただただ数十文字程度のワードを言っていくシンプルな構成で、永見さん自身も椅子に座って話すだけで動きがほとんどありません。ワードとその言い方をメインに笑いを取っていく形となっており、必然的に言葉遣いに重きを置くネタとなります。
ただし、「世界でひとりは言ってるかもしれない一言」という前提を最初に公表することで、どんなに奇妙な発言でも観客が受け止めてもらえる下地を作っています。最初の10秒で準備を整えているわけです。
そのあとの「一言」は、基本的には一文の前半にフリ、後半にオチのある形式を用いています。試しに、「一言」を全て書き出し、「」で前半と後半に分けてみました。
ご覧の通り、前半部分で「一言」の大まかな方向性を指し示しておきながら、後半では全然違う方向に話をひねるわけです。例えば、「リレーのアンカーならクラスの足の速い人に任せるだろうと思っていたら、素性がよく分かっていない転校生に任せる」といった具合です。簡単そうに思えるかもしれませんが、これは「足を速く動かせれば100メートル10秒切れる」と言っているようなもので、言うとやるとでは大きなギャップがございます。
前半で観客が思い描いた想像を後半で裏切る。そんな意外性がありつつも、前半と後半である程度の関連性を残しているのも注目です。つまり、単に全然関係ない文章を繋げているわけではない。ムカデ競争のメンバーで旅行する人はほとんどいないでしょうけど、もしかしているかもしれないと思える余地は残っている。この意外性と関連性のバランス感覚により、独特な「一言」が出来上がっています。
他にも、全てを説明しきらない、観客の想像力にゆだねる言葉遣いが目立ちます。それでいて、単語の選び方によって、観客の想像力を自身の思った方向へ暗に誘導してもいます。例えば、「へー、私よりもスピードガンを信じるんだ」「なんで執事がこれだけいて録画できてないのよ」で発言者の人となりが自然と限定されます。また、ラストの自由研究はこの想像力をゆだねる手法における、ある種の極致にも見えます。
6.こたけ正義感 ――笑いどころができるように条文を解説文へ加工する
こたけ正義感さんは法律のおかしな条文にツッコミを入れていくフリップ芸を披露しました。
このネタの肝は、難解な文章表現でお馴染みな法律の条文をいかに分かりやすく説明し、いかに面白どころを観客に示せるかという点にあると思われます。場合によっては条文を強引にでも短くまとめる必要が出てくる。センスが問われる部分です。
というわけで、ネタをみっつほど実際の条文と照らし合わせてみました。まずは道交法76条1項です。本来の条文はこんな感じでした。関連個所と合わせてご紹介します。
これがネタではこのようにまとめられています。
意味を損なうことなく、短く分かりやすくまとめられていると分かります。「信号機若しくは道路標識等又はこれらに類似する工作物若しくは物件」を「ニセの信号機」と変換することで笑いどころもできています。
続いて「公職選挙法施行令」です。
これがネタではこのようにまとめられています。
条文には他にもいろんな支給額が示されていたんですが、お菓子一本に絞っています。「お菓子」が法律の落差と相まって、これもまた笑いどころになっていることがお分かりいただけるかと存じます。
ラストはクリーニング業法3条です。
これがネタではこのようにまとめられています。
「クリーニング業者は次のことを守らなくてはならない」はフリとしてつけられた一文と考えられます。それ以外の部分は大体もとの条文にも書かれていることですけれども、「クリーニング所に洗たく機を1台以上は置くこと」の部分は条文ですと業務に用いる車両や機械も清潔に保つよう書かれており、それを敢えて削っています。それにより一層「言われんでも分かってるわ」感が出るとの判断により、削除したのだと考えられます。また、「クリーニング所」の1点に絞ることで分かりやすくなる効果も狙っていると思われます。
法律の条文を分かりやすく説明する試みは伝統的におこなわれてきており、更にそれを笑えるようにするためには、どのように説明を加工していくかを考えなければならない。このネタからはそんな苦労がうかがえます。
7.田津原理音 ――解説の省略を分かりやすいネタでカバーする
田津原さんは2本ともカードゲームの限定パックを開けて、出てくるカードで笑ってもらうネタを披露しました。
内容はもうひたすらカードを紹介するだけなんですが、カードゲームならではの単語を何の解説もなしに使っているところが特徴的です。パッと目についたものでもこれだけありました。
ただし、どれも話の流れだったり語感だったりで意味が何となく分かりそうなものばかりであり、それを見越して一切の説明なしに使っているのかもしれません。
ネタの内容自体はいわゆる「あるあるネタ」であり、それがカードになっている形式となっています。要は伝統的で分かりやすいネタなわけです。カードゲームという、見る人を選ぶネタをテーマにしてはいますが、あるあるネタという普遍性の強いネタと組み合わせることで、多くの人に理解してもらえるネタになっているものと思われます。
カードの名前や解説も全体的にシンプルかつ分かりやすい言葉が使われています。例えば、1本目の最後に出てきたカードです。
この辺りを見ても、カードゲームのルールや言葉が分からなくても、面白さが充分に理解できる配慮がされていると分かります。
8.コットン きょん ――無駄のない自然なセリフでスムーズにネタへ入る
きょんさんは1本目はかつ丼で犯人を自白させる警官のコント、2本目は海外へ行ってしまう友人の彼女を友人に止めさせようとするも寝坊したためリモートで何とかするコントでした。
どちらのコントも共通しているのは入りのスムーズさです。まずは1本目の冒頭です。
文章にすると分かりづらいんですが、非常に聞きやすいんです。きょんさんの話し方や演技によるところも大きいでしょうが、先輩が新人にものを教えるセリフとして非常に自然であり、かつ文章ごとに役割が分担されている点もまた、聞き取りやすさに多大な貢献をしていると思います。
上記のセリフは基本的に第1段落では、ここがどういう場所で自分たちがどういう人間なのかを端的に説明しきっています。「うちの課」「犯罪者」「事件を解決」でもう警察関係と分かります。また、お笑い的にはフリの役割を担っています。第2段落では自分たちの役割をシンプルに説明しています。「カツ丼で自供」というベタな設定を利用し、自分たちがカツ丼専門の部署であると観客に印象付けます。お笑い的には当然オチの部分となります。
その後は「早速カツ丼要請だ」「はい、警視庁カツ丼課」と、カツ丼で畳みかけていくことになります。この場合のカツ丼の多用は、もちろん説明の重複ではなく、単に笑える効果を狙ってのことだと思われます。
続いて2本目の冒頭です。
「寝過ごした」という言葉を出さずに寝過ごした感を演出しているのがよく分かると思います。もちろん、きょんさんの言い方、つまりは演技力によるところも大きいですが、言葉遣いも自然さと無駄のなさに気を遣っていると見て取れます。
今回の感想は以上となります。ではまた。
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