見出し画像

する必要のないお笑いの練習

 お笑いトリオ「ぱーてぃーちゃん」は両手でイヴ・サンローランのロゴを模した特徴的なポーズをするんです。

 不思議なものでこのポーズ、パッと見、どっちの手がどんな格好をしているのかよく分かりません。なので、動画で一時停止をして両手の形を観察したのち、自分の手で実際にやってみました。さすがに何度もやってみると、どちらの手でどの形をすればいいのか分かってきます。そのうち、いつ「ダメなんだぜ」と言われてもイヴ・サンローランのポーズが出せるようになって参りました。その速さたるや、いつでも4人目のぱーてぃーちゃんとして参加できるレベルでございまして、何ならぱーてぃーちゃんに欠員が生じてもサポートメンバーとして穴埋めができる自信があります。ネタはできませんが。

 この私の行動における最大の問題点は「披露するあてのないポーズをなぜそんな熱心に練習してやがんだ」という点でございまして、奇行の範囲内にしっかり含まれていると言っていいでしょう。いつ「ダメなんだぜ」とふられてもいいように備えたところでそんな未来はまず訪れない。買ってもいない宝くじ3億円が当たるのに備えた方がまだ現実的なレベルです。

 する必要のない練習をする。そんな奇行をするのは、どうやら私だけではないようです。私の友人にちょっとした単語が2個並んだ言葉を見ると架空のお笑いコンビ名に思えてしまう特殊な人類がいます。例えば、うっかり「島崎藤村」なんて言葉を見聞きすれば、島崎さんと藤村さんが組んだコンビだと思ってしまう癖がついている。

 それだけならまだいいんですけれども、友人の中でその架空のお笑いコンビ妄想が往々にして止まらなくなり、「島崎です」「藤村です」「ふたり合わせて」「島崎藤村です」「よろしくお願いします」というネタ始めの挨拶を考え、日夜ひとりで練習を始めてしまうんだそうです。何なら私の前で一人二役をしてまで挨拶を披露する。念のために申し上げておきますと、友人はお笑い芸人の経験がありませんし、今後もなるつもりはないと明言しています。

 この間も友人は仕事中のちょっとした空き時間に職場の非常階段の踊り場で、架空のお笑いコンビの挨拶を練習していたんです。そして、それを同僚にしっかり見られたそうです。ただ、友人は普段からそういう奇妙なことを平気でやるような人間だと職場に知れ渡っているため、「何やってるんですか」「来るべき日に備えての練習です」というやり取りだけで片がついたそうです。

 いくら奇行を見られても平気なように職場の同僚へ根回しをする。そんな器用な真似なんかできない私は、練習風景を同僚に目撃されないうちにポーズをマスターできてよかったと心底思いました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?