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バラエティ番組のリアルとフィクションの間

 時代もあってかなり減ってきた印象ですが、お笑いには「喧嘩芸」というものが存在しているようです。敢えて喧嘩をして笑いを誘う芸でございまして、最近では鬼越トマホークが喧嘩芸で知名度を上げています。

 そう書くとかなり特殊な芸にも見えてしまいますが、手法自体は多くの芸人によって使われ、脈々と受け継がれてきたものでもあります。バラエティなどの平場はもちろん、漫才などのネタでも敢えて言い争ったり、時に手を出したりすることでウケを狙う様子は特に珍しいものではなく、非常によく見られる光景です。ただ、人並外れて大暴れする芸風の人が目立つため、「喧嘩芸」というものが異様に映る場合があるのだと思います。

 例外はありますが、喧嘩芸の基本はどこか本気っぽく見えるようにすることだと思います。「これは面白いから敢えてやってるんだよ」という演者の心理を観客は敏感にキャッチします。そうなると笑ってもらえなくなる。だから、本気で喧嘩している風を出す必要がありますし、ウケるためにはマジの怒りを活用する場合もあるでしょう。喧嘩に入る際の説明もなるべく減らしたい。説明が多くなると、まどろっこしくなって観客にそっぽを向かれかねませんし、これもまたあざとくなりかねません。

 ただし、喧嘩芸はその性質上、見る人の眉をひそめさせやすいという欠点があります。大暴れする芸風ともなれば、大量の苦情が届く場合もございます。

 芸人としては笑いのために一生懸命やっただけですから、苦情がくればいろいろ思うことがあるでしょう。苦情に対して反論する芸人を私も何度か見てきました。私が確認した限り、反論の内容は似通っていまして、多くは「バラエティの喧嘩を本気にしてはいけないよ」というようなものでした。

 もちろん、彼らが笑えるように喧嘩をしているのは間違いないでしょう。でも、ドラマや映画で怖い役をしている人が現実でも怖がられてしまう現象は往々にして起きます。出典が見つからなかったので話半分に読んでほしいのですが、「羊たちの沈黙」などでお馴染みハンニバル・レクターを演じたアンソニー・ホプキンスは、レクターの役があまりにハマりすぎて、家族や知人にも怖がられたという話を聞いたことがあります。マジで人を食ってそうに見えたんでしょうか。役者としては誉め言葉でしょうが、日常生活に支障をきたしたとも言えます。

 レクターの事例は極端だとしても、「あんな嫌な演技ができる役者は日常生活でも嫌なやつに違いない」みたいに、人の心理はフィクションとノンフィクションの間が地続きなのかもしれません。フィクションだと分かっている映画やドラマでこれなんですから、バラエティの喧嘩芸なんてますます区別がつかなくても不思議ではない。喧嘩芸がなくなることはないでしょうが、喧嘩芸に苦情が飛ぶことも恐らくなくならないでしょう。

 だからと言うべきなのか。最近の喧嘩芸は、なるべくあざとさを出さず、リアルに見えるようにしつつも、「バラエティの一環としてやってるんですよ」という感じをほのかに出す手法が、芸人と制作スタッフ、双方に出てきているように思います。そして、それは喧嘩芸に限った話ではなく、破壊的な芸風の人を中心に、広く見られる変化だと思います。個人的に、リアルを追求しつつもやりすぎないよう気を遣っている芸人の筆頭としてあげたいのはハリウッドザコシショウさんです。

 ハリウッドザコシショウさんはブレイクのきっかけとなった「誇張しすぎたモノマネ」を見ても分かる通り、かなり破壊的な芸風でございまして、明らかに見る人を選ぶ芸人です。そんな芸風とは裏腹に、ブレイクしてから現在に至るまで安定してテレビに出続けています。

 その理由はいろいろあるでしょうし、多くは推測するしかできないでしょうけれども、どうすれば破壊的な芸風でテレビに出られるかをハリウッドザコシショウさん本人が真剣に考えてきたのが一因だと考えられます。

 例えば、ハリウッドザコシショウさんはR-1グランプリで優勝経験がありますが、その際のインタビューでこんなことをおっしゃっています。

去年(のR-1予選)は白ブリーフで出たんですよ。それで3回戦で落とされたから「汚らしいのかな」と思って、これはメディア対応で黒パンにしたんですね。

https://natalie.mu/owarai/news/178829

 また、最近の動画でも自身のネタを少しでも電波に乗せられるようにするため心掛けていることをおっしゃっています。

 上記動画の20:40辺りから引用します。

ハリウッドザコシショウ:俺、例えば「(さんまのお笑い)向上委員会」とかでネタやってるやんか。それね、勝手にやってると思ってる? 違うねんで。ディレクターがいて、「このネタやっていいですか」「ああ、それコンプラに引っかかるわ。あかん、やめてくれ」って、そのせめぎ合いやねん。
東野幸治:ちゃんとスタッフがOK出したやつを本番でやってるし、スタッフが「やめてくれ」って言うのはやらない?
ハリウッドザコシショウ:やらないっす、やらないっす。
東野幸治:すごい。でも、見てたら滅茶苦茶やってんなって思う。ってことはもう作戦勝ちよね。
ハリウッドザコシショウ:作戦勝ち。だって、スタッフに嫌われてもあかんやん。

 ハリウッドザコシショウさんの芸風は「この人マジでマジな人なんじゃないか」と思わせるようなヤバさを漂わせるのが特徴でございますけれども、披露する場に応じてネタの調整をきちんと行っていることが分かる発言です。あざとさは出したくないし、リアリティは出したい。でも、企画はちゃんと成立させたい。そのバランス感覚が、今でも一線で活躍している理由のひとつに思えます。

 そんなハリウッドザコシショウさんのバランス感覚が如実に出ている動画がございます。

 愛知県にあるCBCテレビのアナウンサー公式チャンネルで圧倒的な再生数を誇っている動画です。内容としては、ニュースを読んだりや生放送ロケをしたりしているアナウンサーにハリウッドザコシショウさんが乱入して笑わせるというものです。この動画には、ハリウッドザコシショウさんの乱入にリアリティを出しつつも、マジのニュースに乱入しているわけではないと暗に示す仕掛けが散りばめられています。

 例えば、最初のニュース編ですと、明らかに変なニュースを読んでいる点がまずあげられます。「そんなニュース普通読まないよ」と視聴者に思わせることで冗談だと察してもらう効果があります。それから、最後にカットしたあとのシーンを見せるのも重要です。ちゃんとしている時のハリウッドザコシショウさんを見せることで視聴者にダメ押しの安心感を提供しています。

 続く生中継編でも、冒頭でありえない議題の「なんでも徹底討論」を差し込んでおくことで、こちらも暗に冗談であることを視聴者に察してもらおうとする製作者の意図が感じられます。また、ニュース編の後に持ってきたのも何気に大きいでしょう。生中継中に男の人が遠くから絡んできたらちょっとはピリつきそうなものですが、明らかにネタと分かるニュース編をしっかり見せることでこの動画がハリウッドザコシショウさんを用いた冗談で出来上がっていると視聴者に分かってもらい、生中継編でも最初の登場から緊張感なく笑ってもらう空気に仕立て上げています。

 ハリウッドザコシショウさんの姿勢は、安心してバラエティを楽しみたい人にはいい印象を持つでしょうし、ルールをふっとばしてまで暴れる芸人が見たいコアなファンはネガティブな感情を抱くかもしれません。ただ、少なくともハリウッドザコシショウさんは時代の流れというものを受けていろいろやった結果なのだと思います。

 リアルさは出したいんだけど、フィクションであることも見せておきたい。そんな難しい匙加減を強いられているのが今のお笑いバラエティなのでしょうが、CBCの動画を見ると不可能な匙加減ではなさそうです。

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