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ファーブルがシートンで、シートンがファーブルで

 たまたま似たようなものと同時に出会ったため、どっちがどっちかよく分からなくなったことはありませんか。私はあります。ファーブルとシートン、この歴史上の偉人ふたりの覚え分けが長らく私の小さな課題でした。子供向け「世界の偉人」みたいなシリーズにて、ふたりの本を同じ日に読んでしまったのが運の尽き、ふたりの名前から功績に至るまで全てが複雑に絡み合って、どうにもほどけなくなってしまいました。

 どちらも博物学者であり、生き物に関する著作を出した海外の有名人。もっとキッチリ見比べれば、いくらでも違いが出てきそうなものですが、幼かった当時には「もうちょっと調べよう」という判断ができず、いきなり似たようなふたりが現れて脳がいっぱいいっぱいになっていたんだと思います。

 この問題の厄介なところは「ごっちゃになっても日常生活で特に困らない」という点でございまして、結果としてどっちがどっちか判別できないまま、長らく過ごしてきました。何なら、「ちょっとした自虐ネタができた」くらいに考えていました。

 問題解決の糸口は思わぬタイミングで現れました。友人との話のネタに困った私、頭の奥の引き出しから例の「ファーブルとシートン、どっちがどっちかよく分からないネタ」を引っ張り出してきました。既に「使うの何度目だ」レベルのネタと化していましたが、その友人に対しては初出しです。何もためらうことはありません。

 とりあえず、いつものようにファーブルシートンネタを披露しました。良くてややウケ、悪ければ話を理解してもらえないネタではございますが、話を繋ぐ役割は果たしてくれる。

 ただ、友人の反応は今までファーブルシートンネタを披露してきた誰とも異なっていました。友人は真剣な表情で言いました。

「誰か他の人が書いたものしか読んでないからそうなるんだよ」

 子供向けに偉人の一生をかみ砕いて書いた「世界の偉人」シリーズだからごっちゃになった。思ってもない指摘でした。友人は更にこう続けます。

「本人が書いたものを読まないと」

 つまり「ファーブル昆虫記」と「シートン動物記」ですね。この字面も意味もよく似た2タイトルですが、中身は全然違うというのが友人の主張でした。読めばどっちがどっちか絶対に判別できるようになると。

 結論から申しますと、友人の言う通りでした。ふたりの著作にはもう明確な差がありました。それは研究対象の違いではございません。ファーブルが昆虫でシートンが動物、それだけで見分けがつくような脳味噌が搭載されていたら、こんな長らく悩まなかったんです。大きな差があったのは文章の内容でした。

 シートンはエコな生活を理想とし、子供たちにそんな生活の大切さを教える団体を立ち上げています。彼の活動はのちにボーイスカウトの設立へに繋がったとされるほど、社会活動に熱心でした。つまり、シートンには教育者的な側面があった。

 シートンは著作でも自然を大切にする教育者の姿がしばしば顔を出してきます。動植物などの自然を雑に扱った登場人物が最終的に酷い目に遭う物語なんかはその典型でしょう。自己犠牲の話なんかもあり、子供の心を揺さぶりつつも、自然の大切さ、逞しさを教えてゆきます。

 一方のファーブルは典型的な専門家です。もう昆虫にしか目がない。「この昆虫にこんなことをしたらどうなるんだろう」と疑問を持つや否や早速実行する、昆虫少年のまま一生を終えたような人物です。

 こういう人間は昆虫を中心に生活をしますから、いわゆる奇人変人にカテゴライズされやすい。昆虫の生態調査としてはとても理にかなった行動だったとしても、普通の生活をしている人からしてみれば「何やってんだこいつ」となるものがきっとあったはずです。でも、ファーブルはためらいなく昆虫の生態調査のための行動を選ぶ。そして、「常識的な」人たちから奇行認定されるわけです。

 ふたりを並べた時、笑えるのは間違いなくファーブルなんです。教育者と変人では、勝負は見えたも同然です。実際、ファーブル昆虫記は「何やってんだこいつ」的な場面がしばしば見られる。大真面目にやってるから笑えるわけで、要は天然ボケみたいになってるんです。

 シートンは教育者として頑張るくらいですから、経歴を見ても常識人な感じなんです。ちゃんとしているゆえに、笑えるエピソードはほとんどありません。ファーブルは自分の興味とか欲望とかに真っ直ぐ向かっていく変人ですから、64歳で23歳の女の子を嫁にもらって同じ村の誰かから家に石を投げ込まれたりしている。そういうネタになりそうなエピソードがファーブルは結構あるんです。

 お陰でふたりの違いが分かりました。こんな覚え方でふたりに大変申し訳ないのですが、生真面目なシートンとド天然なファーブル、これでふたりの違いがハッキリ致しました。初めてふたりを知ってから数十年、随分長いこと未解決だったものです。

 こんな紹介はどうかと思いますが、笑いたいならばファーブルをお勧めします。

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