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何となく怪我をする

 病気は原因が分かりづらかったり、場合によっては分からなかったりするんですが、それに比べて怪我は原因がハッキリしていることが多いです。そりゃあ、昨夜激しく酔っぱらって朝起きたら謎の痣だらけだった、みたいなパターンはありますけれども、少なくともどこかでぶつけたくらいの推測はできる。よく分からんけど目まいと吐き気がすると言って病院に駆け込み、いろんな科を渡り歩くことはあまりないと思います。逆を言えば、怪我の仕方によって「何が起きてそうなったか」が割と推測できるかもしれないわけです。

 ただし、怪我も病気と同様、いつどこでなるか分かりません。思わぬ理由で、思わぬ怪我をする時もございます。

 例えば、その昔、私は家で腰を振ろうと思ったんです。そう思った理由は未だによく分かりません。普通は「ふざけていた」の一言で片づけられるんでしょうけれども、それにしては本当に自然と腰を振りたくなったんです。そもそもふざけるんでしたら、そばに笑わせる相手なり困らせる相手なりを配置してから満を持して腰を振りにかかるはずですけれども、その時は周囲に誰もいませんでした。意味不明な衝動でやったつもりもありませんし、どうしても腰を振らねばならない事態でもありませんでした。意志も義務も感じられない。「何となくやった」が最もしっくりくるのも納得いかない。

 とにかく事実として私は満面の笑みで、誰に見せるともなく家でひとり腰を振っていました。前後ではなく、左右に動かすタイプです。ものの数秒で身体に異変が起きました。胴の左側、具体的には腰から背中にかけて鈍い痛みが生じたんです。

 それで済めばよかったんですが、腰振りを辞めてからも腰を中心に背中の左側に違和感が残ってるんです。痛くはないんですが、張っているような、しびれているような、何とも言えない感じです。

 その時は「筋でも違えたのだろう」と思い、自らの腰振りに多少の後悔をしつつ日々を過ごしていたんです。ただ、数日も経てば治るだろうと思っていました。しかし、1週間経っても2週間経っても、背中の違和感は取れません。悪化はしてないんですが、治る兆しもない。

 さすがに病院の二文字が脳裏をよぎります。でも行く気になりませんでした。怒られるのが怖かったんです。「何ですぐに病院へ行かなかったのか」と怒られるのはもちろんですけれども、この時は原因が原因です。当時は未熟だったとは言え、もう二十歳は超えていました。医師の鋭い視線に耐えかねて「何となく腰を振ったらそうなった」と白状したら、医師は呆れるあまり診察を取りやめてしまうかもしれない。怪我を治すどころか、心に傷を負って病院を去る羽目になるかもしれないんです。

 病院に行ったほうがいいのだろうか。でも、怒られるのは嫌だ。そんなことを延々とグダグダ繰り返しているうちに季節が変わるくらいの時が流れてしまいました。

 その間もずっと背中は違和感が残っていたんです。このまま自分は「腰振りで得た傷」という十字架を背負って一生を過ごすのだろう。そう覚悟すると不思議なもので、背中の違和感に慣れてきます。慣れてくるとだんだん気にならなくなってくる。そうしているうちに、いつの間にか違和感はなくなっていました。

 ここで「何だ、治るじゃん」と思ってまた激しく腰を振り、再び怪我をゲットすれば面白かったのかもしれませんが、残念ながら怪我を機に面白くない方向へ成長してしまった私は、二度と何となく腰を振る気にはなりませんでした。

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