結果的に死亡説

 何かのきっかけで地元を出て戻らない人もいれば、ずっと地元で暮らし続ける人もいるわけです。私の知人、ここでは清水さんとしておきますが、清水さんは後者でした。生まれてから現在に至るまでの数十年間、ずっと地元で暮らしてきた。

 当然と言うべきか、清水さんは普通に生活しているだけで同級生の近況が結構入ってくるようです。特に清水さんの地元はいわゆる首都圏にあるため、上京という概念がありません。生活圏に東京があるため、進学や就職を機に東京へ行く必要がないんです。そのせいもあってか、学生時代の同級生たちの多くは地元に住んでいて、それがまた清水さんに情報が入りやすい状況となっているんです。

 とは言え、大半の同級生とは学生時代に比べて疎遠にはなりますから、そんな逐一情報が入って来るわけではないようで、誰が誰と結婚したかとか、あの人があそこで働いているかとか、比較的ザックリとした情報が多く、場合によっては風の噂みたいな感じになることもあるようです。

 そして、大人になればなるほど、どうしても訃報も届くようになってきます。病気だったり事故だったり。さすがに事件に巻き込まれた人はいないようですが、年を重ねるにつれてちょっとずつそういう話も出てきたようです。

 ここでは三橋さんとしておきますが、同級生である三橋さんの訃報も、清水さんは人づてに聞いたそうです。特別仲が良かったわけではないそうですが、一時は同じ教室で机を並べた間柄です。清水さんはとりあえず、他の同級生にも三橋さんが亡くなった旨を伝えて回ったそうです。

 それからしばらく経ってからのことです。清水さんは学生時代から仲の良い同級生と食事に行きました。そこで同級生からこう切り出されたそうです。

「清水さあ、三橋が死んだって言ったよね」
「言ったね」
「実はさ、この間、うちトイレの調子が悪くてさ」
「はあ」

 この時点では清水さんは内心「食事中にトイレの話をするとは何事か」と思っていたそうです。

「トイレの調子が悪かったから業者を呼んだんだよ。そうしたら三橋がトイレを直しに来てさ」

 清水さんはリアルにむせたそうです。

 どうも清水さんが聞いた訃報は大ウソだったようです。それなのに本当だと信じてしまった清水さんは思いっきりいろんな人に間違った情報を言ってしまった。それゆえに起きた出来事でした。

 三橋さんが無事だったんだから何よりだ。清水さんはそう思ったんですが、やがて妙な癖に悩まされるようになります。それは訃報を聞いても本当かどうか、実際の葬儀に参列していないといまいち信じられなくなったことです。「死んだ気がしない」という表現がありますが、本来の意味とはちょっと違った形で「死んだ気がしない」境地に陥るようになったんです。

 ちなみに私は清水さんとは逆に、大学進学を機に地元を離れ、以降は多くても年に数回しか帰省していません。地元の友人知人との交流は減りに減って今ではほぼゼロです。ここ数年は誰が何をしているのか全く知りませんし、逆に地元の友人知人たちも私が何をしているのか全く知らないでしょう。ひょっとしたら私は死んだことにされているかもしれない。

 つまり、地元の友人知人が何かの偶然で私と会ったら腰を抜かすかもしれないわけです。そう思うとちょっとだけ帰省したくなって参りました。

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