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フッ素系蛇口が入浴をスリリングにする

 フッ素という物質があるわけです。「これで歯をコーティングするといいですよ」みたいな話で聞かれる物質でございます。

 そんなフッ素、議論の余地はあるようなんですが、人体にとって必要な物質と考えられている。ただし、体内に取り入れる際には無視できない特徴もございます。それは適量の幅が狭いという点です。ちょっと減れば欠乏となり、ちょっと増えれと過剰になる。ちょうどいい量にするのが難しい物質でもあるんです。

 適量の幅が狭い。それを聞いて思い出すことがございます。以前に住んでいたアパートの水道でございます。

 そのアパートの洗面所は水とお湯が出るスタイルになっていました。蛇口にひねるところが2箇所ついていて、それぞれひねると水とアツアツのお湯が出る。シャワーにも繋がっているという、ユニットバスによく備え付けられているやつでございます。

 この手の蛇口は、どちらかだけを使うと冷たすぎるか熱すぎるため、ちょうどいい温度のお湯を蛇口から出すには両方を程よくひねる必要があるわけです。そうやって温度調節したお湯でシャワーを浴びたりするわけですね。

 蛇口なんて明らかに大量生産されているものでございますから、どこの蛇口でも似たような操作をすればちょうどいい温度のお湯を出せると思っていたんです。でも、どうやらそうではないようなんです。

 そのアパートの蛇口は、水道として使うには全く普通でした。冬に顔を洗うのにちょうどいいお湯を出したければ、2箇所をうまい具合にひねるだけでいい。慣れてくると、それぞれ数回ずつひねればちょうどいいお湯に調節できるまでになりました。熟練の腕をゲットしたわけですね。

 でも、同じ蛇口なのにシャワーの温度調節は最後までうまくいきませんでした。冷たいなと思ってお湯をひねると、ほんの少しだけひねっても一気に熱くなるんです。「うおっ、あつっ」と思って、今度は水のほうを少しだけひねると、今度は一気に冷たくなる。だから、適温を目指すには微調整が必須でした。もう動いているかいないか分からないくらいちょっとずつひねっていって、ようやくちょうどいいお湯が完成するんです。それだって、うっかり蛇口にぶつかったりすると、急に熱くなったり冷たくなったりする。無駄に繊細過ぎて日常生活に向かないんです。

 最初のうちはどうにかならないかと思って、いろいろネットで調べたり、見よう見まねで蛇口を取り換えたりしていたんですが、結局どうにもなりませんでした。ええ、いつの頃からか「フッ素みたいだな」と思うようになりまして、引っ越しする頃には「フッ素系蛇口」と呼んでひとり怖れていました。

 今もフッ素蛇口は誰かの入浴をスリリングなものにしていると思います。

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