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笑えないものがつまらないとは限らない

 お笑いを見ていれば当然笑うんですが、だんだん気づいてくるわけです。笑うか笑わないかの差が思ったよりもあやふやだと。

 もちろん、「面白いか面白くないか」は大きな要素ではあります。しかし、それ以外の要素も確実に存在する。ただ単に「笑えないからつまらない」と考えてしまっては、ネタが本当に面白いかどうか、判断を間違えてしまう危険性が高まってしまいます。

 私はお笑いの仕事に就いているわけじゃないので、そんな判断間違いで困ることなんて特にありません。でもまあ、知らないよりは知っておいたほうがいいと思い、そして、まとめないよりはどこかにまとめたほうがいいだろうと考えました。というわけで、簡単にまとめてみました。

 面白いかどうか以外に何が笑いへ影響を与えるか。まずは「好みの差」でしょう。単純な話で、同じ話を同じようにしても、嫌いな人の話は笑いづらい。嫌悪感は笑いに勝ちやすいようです。

 好みと似た要素として、「親しみの差」もあります。同じ話を同じようにしても、知らない人の話は笑いづらい。警戒心が笑いを抑えやすいようです。これは無名の芸人にとって大きな壁となるため、お笑い関係者ではよく知られた現象のようで、業界を取材して書かれた作品、例えば漫画「べしゃり暮らし」の4巻などにも取り上げられています。芸人の常套句「名前だけでも覚えて帰ってください」は、これが理由のひとつとなっているようです。

 続いて、「気分や体調の差」もあります。お笑いを見ている時、急にお腹が痛くなった。わざわざ会場まで漫才を見に来たのに、玄関の鍵をかけてないと気づいた。そうなるとネタが頭に入って来ず、笑えなくなります。「笑ってる場合じゃない」というやつですね。お笑いはある程度、心身の余裕があって初めて楽しめるということでしょう。

 「知識の差」というのもあります。例えば、特定の漫画をネタにした漫才を披露すると、どれだけ面白いネタだろうが、その漫画を知らない人は笑いづらくなります。ネタを理解するために必要な知識がないのだから当然と言えます。そのため、芸人の方々はみんなに通じそうなテーマを選んだり、ネタに解説を入れたりするなどの対処をすることとなります。

 知識に似た要素として、「意外性の差」があります。お笑いは映画や小説、漫画と同様、内容を知らないほうが楽しめます。つまり、初見より2度目のほうが笑いづらくなるということですね。

 最後に「価値観の差」があります。生まれ育った文化によって笑えるものと笑えないもとが人によって違ってくる。俗に言う「笑いのツボが違う」というやつです。よく知られているのはいわゆる国民性というやつでしょう。日本でウケるものが外国ではウケず、もちろんその逆もある。同じ国内でも地域性や所属する組織によって価値観が変わり、それが笑えるかどうかに影響する場合があります。

 大雑把に挙げればおおよそこんなところでしょうか。もちろん、どの「差」にも例外があるでしょうし、「差」を克服する手段は存在するでしょう。また、いくつかの「差」が影響している場合もあるでしょう。

 ちなみに、私の友人に、芸人のネタはほとんど笑わないのに、映画とかドラマとかCMとかの笑いになるとビックリするくらい簡単に笑う人がいます。理由を聞いたら「芸人は笑いが専門だから厳しく見てる」とのことでした。言うのは簡単ですけど、常日頃から実践してるとは驚きです。この友人はどの「差」が影響しているのか、というよりは、なんか特殊な人類ってだけのような気もします。

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