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通勤ラッシュの見果てぬ夢

 都会は人だらけです。人だらけなんだから都会になってるんですが、とにかく人だらけです。

 人だらけなので、しばしば渋滞が起きます。人が密集するんです。顕著なのは電車でしょう。通勤通学や帰宅時に代表されるラッシュでございます。一時期よりはマシになったと言われていますが、今でも十二分にラッシュです。十二分にラッシュだと言うのに、乗り遅れまいと無理やり乗り込んで電車が遅れ、更にラッシュとなる場合も珍しくありません。これを毎日やっている鉄道会社は本当にすごいと思います。

 いわゆる首都圏に暮らしている私も、日々ラッシュに巻き込まれる生活をしております。通勤と帰宅は必ず巻き込まれますし、場合によっては土日祝日も巻き込まれます。地方で暮らしている時から、都会ではそういうものがあると知っていましたし、大変そうだなと思っていました。あんな状態の電車に乗っていたら、心身共にしんどいと思っていたんです。

 それが、いざラッシュに巻き込まれてみますと、意外と平気だと思えたんです。もちろん、しっかりラッシュな電車から降りるとたまにフラフラするため、肉体にはちゃんとダメージが入っているんでしょうけれども、精神的には全然余裕と申しますか、むしろ高揚しているんです。

 何をそんなに高揚しているのかと申しますと、「意外と入るんだ」というただ1点です。もう車内は十二分に人が詰まっているはずなのに、駅で更に数人が車内へ突撃する。「いやいやいくら何でも無理でしょ」と思うんですが、何だかんだ車内へ収まっていくんです。もう、人類の可能性を感じさせるくらい、スルスルと入っていく。

 当然、物理的な圧は更に高まります。隣の人の肩が私の背中に食い込んでくる。ドアもなかなか閉まりません。荷物を強く引くよう、乗務員が何度も放送で訴える場合も珍しくない。

 しかし、いざ発車するとだんだん圧が解消されてくるんです。電車に揺られているうち、乗客がそれぞれ過ごしやすい位置、楽な体勢を見つけていくからでしょう。結果として、乗客は綺麗に敷きつめられたようになる。毎回毎回、誰が指示することなくそうなるので、自然現象みたいなものなのでしょう。これに毎回、感心してしまうんです。妥当な表現ではないと分かっていながら、大自然のすごさを感じてしまいます。

 噂では、あまりに人がギュウギュウ詰めになると、身体が浮くことがあるそうです。周囲からの圧力が集中しすぎて、人が浮き上がってしまうんだとか。ここまで来ると人が倒れたり圧力で怪我したりという、いわゆる群衆事故が起きる寸前で、命の危険が見え隠れする状況のため、経験しないに越したことはありません。でも、どういう感じなのか1回くらい経験しておきたい欲望がちょっとだけあるんです。どうにかして命の危険は全然ない状態で、その宙に浮くような圧迫感は体験してみたい。

 無駄に見果てぬ夢です。

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