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一発屋芸人と自然選択説

 「自然選択」という考え方があります。「自然淘汰」なんて言う場合もございますね。生き物の進化を語る上で重要な説でありまして、チャールズ・ダーウィンがまとめたとされるこの考え方は、いろんな議論を経ながらも「大筋は合ってるんじゃないか」くらいの地位を築いているようです。

 自然選択と聞くと、「強いものが生き残るんだ」みたいな考え方を浮かべがちです。でも、それだと弱い生き物から絶滅していくはずなんですが、現実に周囲を確認してみると、どう考えても小さく弱々しい生き物が、今日も元気に地球上をサバイバルしているんです。

 そこでみんな、強いものが生き残るとは限らないんだと思い直すわけです。じゃあこれだ、という感じで思い至るのが、「地球の環境は絶えず変化している。その変化に対応できたものだけが残っていって今がある」みたいな考え方です。確かにそうかもしれないと納得しそうになるんですが、そうするとシーラカンスみたいに遠い昔からそのままの姿かたちでやってきた「生きた化石」一派はどうなんだとなるわけです。

 結局のところ、進化はまだまだ分からないところが多く、現在でも世界中の専門家が実験したり観察したり議論したりと、謎を解き明かそうと奮闘している真っ最中のようです。まだなかなか「確実にこうだ」と言える理論や説がないらしい。ただ、ダーウィンはこんな言葉を残してはいるようです。

自然淘汰とは、有用でさえあれば、いかに微細なものでも保存される原理である。

 割と有名な言葉のようで、検索すると名言サイトがたくさんヒットしますけれども、どれも「ダーウィンの名言だよ」と書かれているだけで、キッチリと出典を示してありません。だから、本当にダーウィンの言葉かは分かりませんし、自然選択的にどれだけ正しいのかも謎ですが、「どんな小さなものでも使えるものは残る」という考え方は腑に落ちます。強いものは強いなりに、弱いものは弱いなりに、変化に対応するものもしないものも、生存に使える何かを持っていれば残れるかもしれない。ものすごく使えるものひとつで生き延びる場合もあれば、そこそこ使えるもの10個を駆使して凌ぐものもいたでしょう。何もないはずなのに運だけでなんかやってこれたものもいたに違いない。

 さて、世の中には「一発屋」という考え方もあります。特定の作品などでグッと知名度を増すも、その後が続かない人を指しまして、スポーツ選手や芸能方面でよく使われる言葉です。

 お笑いでは一時期、この「一発屋」と呼ばれる方々が毎年のように出ていました。具体的には2000年前後から言われるようになり、2015年辺りを境に数を減らしてきているようで、一覧を作っているサイトもありました。

 一発屋芸人と呼ばれる方々が出てきた時、彼らの行く末は厳しいだろうと私は勝手に思っていました。歌手やアーティストの一発屋を見ても、売れた曲だけで細々と生き延びていればいいほうで、音楽活動を辞めて別の仕事をしていたり、中には音信不通になってしまう方もいらっしゃいました。一発屋芸人もそうなるんだろうなと、私は何となく考えていたものです。

 しかし、実際はそこまでではありませんでした。もちろん、芸人を辞めて別の仕事に移ってしまう方もいらっしゃいますけれども、多くは芸人として踏みとどまっています。

 理由はいろいろあるでしょう。当然、本人の能力や努力はございます。ひとつのギャグを今でも大切に使い続ける方がいれば、他の仕事に活路を見出す方、とにかく人柄の良さで乗り切ってきた方もいらっしゃり、本当に多種多様です。

 また、芸人をとりまく環境の変化もあると思います。昔のお笑い芸人はライバルを蹴落としてでも生き延びる人間の巣窟だったそうですが、今ではそんな芸人は少数派であり、仲間同士協力し合う互助会のような感じになってきています。そのため、一発屋芸人の状況が苦しくなっても手を差し伸べてくれる仲間が現れるようになった。

 お笑い芸人自体が自分の不幸や災難をネタにしやすい職業という点も大きいでしょう。「一発屋」という状況に苦しんでいたとしても、「ネタにできるじゃん」との発想に至りやすい。実際にそれが仕事に繋がったりもします。更に、一発屋芸人がだいぶ出てくると「一発屋芸人」がジャンルとして確立されたようにも思います。一発屋芸人のひとりであり、ご自身もそれを自称する髭男爵の山田さんは雑誌にて「一発屋芸人列伝」なる連載を展開し、賞を取って書籍化にまで漕ぎつけています。

 「ひとつの作品だけでどうやって生き延びるんだ?」との心配をよそに、自身の芸人としての能力や芸人以外の仕事、更には周囲の人に助けられたりたまたま環境に恵まれたり、もちろん偶然に助けられたりしながら多くの一発屋芸人が現在も引退することなく活動を続けている。

 一発屋芸人の活動を見るたびに、私は自然選択の不思議さを思い出します。

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