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靴を貫通したのか、それとも

 ここでは村岡君としておきますけれども、村岡君は世界で唯一、私の目の前で犬の糞を踏んだ人類です。

 学校の帰りに、みんなで村岡君の家で遊ぼうということになりまして、村岡家へ向かったんです。村岡君は早く家で遊びたかったのか、近道しようと言い出しました。ちょっとした茂みを通り抜けると村岡家の庭に出るそうなんです。さっそく村岡君を先頭に茂みに入ったんですが、しばらくして村岡君が「ぬがー」と奇妙な声を上げながら立ち止まって自分の靴の裏を見ました。ええ、ちゃんと例の物体が右足の靴の裏にベットリついていました。形状から考えて、かなり体重をかけて、目いっぱい踏んだのだと推測されます。

 みんなが笑う中、村岡君はすぐさま庭の水道で靴裏の物体を洗い流しまして、とりあえず村岡家にお邪魔し、彼の部屋でゲームをしたり漫画を読んだりして遊んでいました。

 その間、村岡君は右足の裏をしきりに気にしていました。人前でしっかり踏んだのがよっぽどショックだったのかもしれません。そう察した私は何も言わずに漫画を読んでいたんですが、そのうち村岡君が自分から叫ぶように白状しました。「俺の足がうんこくさい」と。

 どういうわけか村岡君はみんなににおいを確認させようとしまして、更にどういうわけか私たちは順々に嗅いでゆきました。確かに、村岡君の足はちゃんとうんこくさかったです。我々は感心しました。「うんこのにおいって靴を貫通するんだなあ」と。控えめに言ってみんなバカばっかりでした。だから楽しかったとも言えますが。

 あれから大人になり、当時よりは利口になったわけですが、だからこそ疑問を持つようになりました。「靴底を貫通するにおいって何だ」と。普通、靴は足と地面をキッチリ区切っているはずで、犬の糞を踏んだところで、臭くなるのは靴だけのはずなんです。村岡君の足の裏までうんこ臭くなるはずがない。

 仮にあの時の足のにおいがうんこ由来だった場合、村岡君の靴底には穴が開いていたと考えられます。つまり、うんこが村岡君の足に到達し、においが移っていたわけです。しかし、穴の開いた靴を気づかず履くなんてまずありえません。それ以前に、靴底に穴が開くなんて毎日ウニを踏みまくらないとまず起こり得ない。ということは、うんこのにおいだと思っていたあのにおいは村岡君本来のにおいだったことになります。

 いずれにしろ「なんてものを嗅がしてくれたんだ村岡君」と数十年遅れで怒りそうになりました。しかし、今や村岡君は2児の父親であり、うんこを踏んだことなど忘れているでしょう。そんな村岡君に今更ながら謝罪を要求するなんて人の道をちょっとだけ外れています。なんだったら、村岡君に再び会うまでにその怒りを維持する自信がありません。というか、今、既に「別にもういいや」と思っています。

 でも、なんかネタにしてしまいました。多分、村岡君は笑って許してくれると思います。万が一、怒られたらちゃんと謝ろうと思います。

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