こづかいを貰わなかったから助かったのか

2024年4月22日 00:22

　人は運がいいとか悪いとか言って自分の境遇を気にしてしまいますけれども、今の運がいいのか悪いのかをバシッと判別するのは意外と難しい気がしているんです。何も知らずのほほんと過ごしていたつもりが思わぬ不運を避けていた、なんて場合もあれば、宝くじで大金を当てて有頂天になっていても実はそれが大いなる不幸に繋がっていた、なんて場合もある。いわゆる「塞翁が馬」というやつで、だから今日の出来事だけで幸不幸を判断するのは早計なんじゃないかと思ってしまうんです。

　ところで、母が言うには私は「欲の薄い人間」なんだそうです。理由はこづかいを欲しがらなかったからだそうです。

　私だってお金の重要性は昔からよく分かっていましたから、もらえれば嬉しいに決まっています。ですから、最初は母からのこづかいを毎月もらっていました。しかし、私が小学校3年生になったある日、母がこんなことを言い出したんです。

「こづかい帳をちゃんとつけたら、こづかいをあげることにする」

　要するに、「今月いくら貰っていくら使ったかを記入したこづかい帳を見せなければ、こづかいをあげません」という宣言です。母なりのお金教育だったんでしょう。

　それを聞いた姉は翌月からキッチリと、弟はあれこれ誤魔化しながらこづかい帳をつけ、毎月のこづかいを継続してもらっていました。一方の私はと申しますと、こづかい帳をつけるのが面倒くさくなっていました。なんでお金を使うたびにこづかい帳へチマチマ数字を記入せねばならんのだと、すぐに嫌気がさしたんです。だから、私はこづかいをもらうより、こづかい帳をつけないほうを選んだんです。

　母はすぐ音ねを上げると思ったんです。何しろ子供だってお金は要ります。漫画、ゲーム、お菓子。欲しいものはたくさんある。でも、私は結局のところ、一度も音を上げませんでした。

　収入が全くのゼロではなかった点が大きな理由でした。祖母のこづかいはこづかい帳ルールの対象外でしたし、お年玉も同様です。クリスマスや誕生日には欲しいものを両親に買ってもらっていました。つまり、欲しいものがあった時はそこからやりくりしていたわけです。だからと言って我慢していたつもりはなく、普通に生活していました。誕生日やクリスマスにいろいろ買ってもらえるからいいやと思っていた。

　むしろ、くだらないことでお金を結構使っちゃったなと思っていたんです。旅先でドクログッズを買ったり、持っていないゲームの攻略本を買ったりと、無駄な出費がかさんでしまったなと。

　そんな生活がずっと続きまして、大学生になった私はひとり暮らしをすることになりました。すると、母は私に銀行口座を持つよう言ってきました。下宿の家賃を引き落とすのに必要だからというのが理由です。その時、私は思いついたんです。

　私は祖母のこづかいやお年玉など、貰ったお金を勉強机の裏側に、リスのように溜めこんでいました。机と壁に生じた数センチの隙間に現金入りポチ袋なんかを全部隠していたんです。そして、必要な時にだけ取り出して使っていたんです。この際だし、そんな私の隠し預金を銀行口座に全部入れてやろうじゃないかと思ったんです。全てのお金を数えたら50万円くらいありました。「こづかいなしでこんなに貯め込んでいたのか」と母は呆れていましたが、気にせず新しい銀行口座に全額ぶち込みました。

　ところで、つい最近こんな記事を見つけました。

　記事を軽くまとめますと、タンス預金で貯めた大金を一気に銀行へ預けると「それ誰かから贈与されたんじゃない？」と思われて、税務署から通知がくるかもしれないとのことです。ちなみに、記事によると贈与税は1月1日から12月31日までの間に贈与額が基礎控除額の110万円を超えると課税の対象になるそうです。つまり、110万円を超えた額のタンス預金を一気に銀行口座へぶち込むと、税務署が「それ贈与税払わなきゃダメなんじゃね？」と言ってくる可能性がある。

　大学進学を控えた私は、母のこづかいなしでやりくりしていたから50万円で済んでいたんです。もし、こづかいを毎月ちゃんと貰っていたら、110万円以上貯め込んでいたかもしれない。当時は税金なんて消費税しか知らない人間でしたから、新しい銀行口座に何のためらいもなく150万くらい平気で突っ込んで、下宿先へピンポンしてきた税務署職員を見てビビり倒していたかもしれないんです。あまりにビビって払うべき額の倍以上の税金を払ってしまっていたかもしれない。

　母のこづかいを全然貰わなかったのはどう考えても損ですけれども、税務署からの贈与税アタックを考えるとむしろ幸運だったのかもしれません。それで何で幸運だと思う方ももちろんいらっしゃると思います。でも、運がいいのか悪いのかの判断は意外と難しい。こづかい帳への記入を面倒くさがったからこそ避けられた災難がある。世界は思った以上に複雑です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか？