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原野商法カモン

 家族間の仲は特にいいとは思いませんが、なぜか昔から誕生日になると互いにプレゼントを渡し合う習慣がずっと続いています。

 友人とか恋人とかならサプライズ狙いで欲しいものを予測して買う場合もあるでしょうが、我が家は性格上、サプライズをする側もされる側も恥ずかしいからやめてほしいタイプだとみんな分かっています。何しろ両親からして「サンタクロースってのは嘘だから」と言ってクリスマスに欲しいものを幼い私に聞いてくるような人間です。だから、事前に欲しいものを聞いて、それを誕生日に送るわけです。意外性はゼロですが、いらないものをプレゼントしてしまう危険がありません。

 ただし、欲しいものを考えるというのが意外と難しいんです。もちろん、欲しいものはあります。問題は「相手の懐具合に合った『欲しいもの』」なんです。「アメリカをくれ」と両親にお願いしたところで、彼らの貯金額ではアメリカ買収は不可能です。州どころか辺境の村ひとつ買えない。だからと言って数千円から1万円程度のもので欲しいものとなると、意外と見当たらない時があるんです。そういう場合は頑張ってひねり出すしかない。

 せっかくの誕生日だというのに、どうしてもらう側がこんなに苦労しなければならないのか。そんな不満は大学生の頃、いよいよピークに達しました。もう、欲しいものを考えるのが面倒になったんです。「何が欲しい?」と聞かれても、「考えとくね」と言ったまま翌年の誕生日を迎えた時もあります。幸か不幸か、それを両親は覚えていました。だから、私に「去年の分と合わせてちょっと高いものを買ってもいいよ」と言ったんです。

 ありがたい申し出ではあったんですが、ご存じの通り「ちょっと高い」くらいではアメリカ買収には全然届かないんです。つまり、欲しいものを考える面倒くささは全然変わっていない。しかし、両親は息子から貰ってばかりの立場が心苦しいのか、会うたびに「欲しいものは決まった?」と聞いてくる。どうやら「考えとくね」でもう1年粘るのは難しそうです。

 悩んだ結果、私が思いついたのは土地でした。山奥の安い土地を1平方メートルくらい買って、とりあえず持っておくわけです。もちろん、ネットで相場も調べました。初めて聞く地名の山林1平方メートルならば、プレゼントに適したお値段で購入できるようです。

 早速、欲しいものを実家に伝えたんです。しかし、次に帰省した際、帰宅したばかりの私を両親が「ちょっと来なさい」と居間に呼び出しました。ええ、プレゼントに関する説教です。両親は土地を持つことの大変さをひたすらに淡々と語りました。当然ながら、私は説教開始5分で「ああ、こういうのはダメなんだな」と思うに至りました。

 土地を持つ大変さは、社会人になって少しずつ知っていきました。その過程で原野商法というものを学びました。原野商法とは価値のない土地をあれこれ騙して誰かに売りつける悪徳商法の一種で、日本では半世紀ほど前に流行していたんだそうです。

 上記ウィキペディアによると、価値のない土地をあたかも価値があるかのように宣伝して売りさばくのが主な手口で、例えば近くに新幹線や高速道路やリゾート施設が建設されるから土地の値段が上がるというのが当時の売り文句だったようです。もちろん、高速道路やリゾート施設は建設されず、土地の値段は全然上がらないため、買った人は後になって「騙された」と知るわけです。原野商法をする怪しい不動産業者は、嘘八百話にリアリティを持たせるためか、区画整理が行われたかのように土地を細切れにし、1坪数円程度の原野を数百万円で売っていたとのこと。

 そのままの値段で、できればもっと細切れにして売ってくれれば、あの頃の私だったら親の反対を押し切ってでも嬉々として買っていたと思います。そして、名も知らぬ遠き土地1平方メートルを意味もなく持っている自分をひとり面白がっていたに違いない。

 今は原野なんてねだらず、普通に欲しい本を買ってもらっています。まともだけど面白みに欠ける誕生日です。そろそろアメリカの原野を買う頃合いだと己を奮い立たせるべきだと思ったんですが、まあ間違いなく錯覚です。そんな欲望は幻想にすぎません。私、是非ともその幻想に打ち勝とうと思います。

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