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文句が1個乗っかる万引き

 図書館を利用されている方はお分かりかと存じますが、並んでいる本はしばしば汚れたり傷んだりしています。仕方のないことではあるんです。人間、借り物をウッカリ汚したり傷つけたりしてしまう場合はある。

 しかし、意外と多いのが書き込みの類です。図書館の本は公共のものだと知ってるはずなのに、ボールペンでしっかりラインが引いてある。本文の間違いを直してある本も何度か見ました。何を血迷ってか自作の詩が書き込まれた本もありましたし、たまにどこぞの学校のプリントや意図がよく分からない怪文書が挟まっていることもある。ただ本を借りるだけでも数をこなすといろんなことが起きるものです。

 一度だけページが切り取られた本に出会った時もありました。民法に関する本だったんですが、中盤辺りの条文が綺麗になくなっていたんです。切り取られた後が定規で引いたように真っ直ぐだったので、明らかに意図的な行為です。

 図書館の本を切り取る時点でダメなんですが、それが法律の本ともなると「どの本に何をしてんだ」感が強まる気はしませんか。「お前は法を勉強しようとしてるんじゃないのか」と。そんな小噺を本屋で働いている知人にしてみたところ、笑ってもらえないどころかものすごく同意をされたんです。

 書店で日常的に万引きが起きているのは業界の常識だそうで、時には経営が傾くほどの損害を被るようです。そして、知人によると万引き犯のターゲットは人気コミックから分厚い専門書まで全方位に及んでいるとのことです。

 例えば、六法全書というものがあります。

 様々な法律が載っている辞典のような書籍でございまして、全6426ページという抜群のボリュームです。足に落とせば5分は立ち上がれないほどの痛みを与える重量感で、お値段は税込み15,070円でございます。毎年のように何らかの法律が改正されますから、こんな高くて厚いものが毎年のように発売され、そして売れているわけです。当然、法律関係者の役に立っているから売れている。

 これくらい分厚くて重いと、しばしば分冊になります。上下巻セットとか5冊まとめて販売とか、そういう形で売る。いくら六法全書だって言っても、1冊があまりにもでかくて重いと使いづらいですから、上下巻に分冊されているそうです。

 そんなある日、知人が職場で書棚をチェックしておりますと、六法全書の上巻だけがなくなっていたそうです。調べた結果、万引きとの結論にいたりまして、見回りを強化していました。しかし、それから数週間後、今度は下巻が盗まれてしまったそうです。

 万引き犯としても六法全書はビッグ過ぎてサッと盗めないと判断したのでしょう。そのため、時間差で上下巻をいただくという、ちょっとした長期計画を立てた。何となくお分かりの通り、分冊の本は1冊欠けると売り物になりません。つまり、書店としては被害が高額商品2冊に及ぶわけで、知人は怒り心頭でございました。

 司法試験の問題集も当然ながら万引きの被害に遭うそうです。パスすれば裁判官・検察官・弁護士への道が開ける、法律系資格の最難関が司法試験でございます。法律の資格でございますから、法改正の影響をモロに受ける。ですから、司法試験の問題集はしばしば改訂、すなわち内容を新しくして再度発売しています。

 ある日、知人が職場で書棚をチェックしておりますと、やけに古くて傷んだ書籍がありました。嫌な予感がした知人がその本を手に取り、開いてみると中にビッシリと書き込みが。代わりに問題集が1冊なくなっていたそうです。つまり、新しい問題集を万引きし、使い込んだ問題集を棚に放置していった。

 みっちり勉強の跡が見られた点からも、司法試験の合格を目指していることは間違いない。しかし、「法律家を目指す人がそもそも何してんだ」と知人はまた怒り心頭でございました。

 勉強は勉強、万引きは万引き。それが万引き犯の考えなのかもしれません。ちゃんと本を買う人とそもそも根本から思考が異なっているのかもしれない。そもそも法の専門家なら悪さをしないとは限りませんし、専門家を目指す人だって同様です。

 とは言え、万引きはもちろんダメでございますし、盗んだ対象が法律書ともなると、1個文句が乗っかるのは人として仕方のないことだと思います。「法律の勉強をする人が何をしてんだ」と。

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