OWCモノローグ)みぞ by 夏野久万

 友だちはいない。いつも一人だ。朝6時に起きるとコーヒーをいれ、ハムエッグトーストを作る。食べたらテーブルに座り、原作の意向に添ったマンガを描く。マンガのできを気にする人はいても、ひとり言に突っ込んでくれる人はいない……。
(テーブルの前で何かを落とした演技)
 おっと、いけない。ペンを落としてしまった。
 
 ん?(テーブルの側面にある溝が光っているのを見つけた演技)
 テーブルの側面にある溝が光ったような……。このテーブル、引き出しないよな。(もう一度、凹みを覗き込む演技)やっぱり光ってる。水平線みたいにツーって光。妖精の家なのか。光の住人がいるのか。
おーい……そうだ! (手紙を素早く書きながら)
【僕はマンガが好きな人です。あなたはどんな人ですか】。折り畳んで、入るかな……。光の住人さんに、届け!
……消えた。届いたのか。
 
 おーい! 聴こえるなら返事してくれ、おーい! 
 
……なんて、誰もいないよな。まあ、いいや。でも聞いてよ、光の住人さん。最近、ずっと悩んでることがあってね。僕は、さっきも言った通りマンガが好きで、仕事でもマンガ描いてる。人の原作ものばかり。自分で描こうと思っても、発想が浮かばないんだ。浮かんでくれない。これっぽっちも!
アイデアの土壌が地割れ起こして、サボテン植えてもきっと生きちゃいけない。
 
こんな有様だから、恋人も犬も逃げ出した。先月、連載が1本打ち切りになったしね。だから、そろそろマンガ辞めて、全然違う仕事しようかなって。
昨日、スーツを注文しようとした。でもできなかった。情けないよなあ、それすら自分じゃ決められないんだ。どうしょうもないでしょう。
あれ……。
なんか隙間が広がってるような……手、入るかな。か、噛みつかれるかな……。
 
 ん? 何か引っ掛かった。これは……マンガ?
 【僕はマンガが好きな人です】と入れたら、マンガが出てきたのか? ということは好きなものを書いたら、それがもらえるってこと?
 
 あれ、また何か出てきたぞ! 紙だ。この手紙は光の住人さんからってことだよな! あーもー、でも抜けない。
 
こういうときは大抵、何かの呪文を唱えると解決するはずだ。
 
ええと。ちちんぷいぷいのぷい……!
エクスペクト・パトローナム! 開けゴマー。アジャラカモクレンテェケレッツノパー……なんとか、そわか! イリュージョン!
 
ダメだ、ビクともしない。
 
光の住人さん。わかりました。引っこ抜かれたくなんですね。わかりました。もう無理矢理、引っこ抜かないので安心してください。それなら……僕があなたの郵便屋さんになります! 手紙といえば郵便屋さんが受け取り、届ける。これは世界共通の真理です。
 
い、いきますよ。
めええ! 大丈夫、ちゃんと届けるめえええ。郵便屋さんといえばヤギですから、めえええ。
 
ふぇ。手紙が引っ張られる! まっ待ってくれ! やぎはダメか、手紙がきたら食べちゃって届かない? そういうことですか?
 
大丈夫です。僕はあなたの手紙を食べませんから!
止まった……。ん? なんか振動があるぞ。何か書いてるのか?
止まった。
取れるかな?
 
取れた! ああ、でも破れた。
 
メロンの皮の筋みたいな字だな。相手は子どもなのか? ええと……
「みるきかんなので」
途中で切れてて読めない……。光の住人さんは、一定期間、そこから出られないってこと……?
そうなんですか、光の住人さん。奇遇ですね、僕と一緒です。僕もこの生活から、沼に沈むのかってくらい動けずにいるんです。
そうだ! 光の住人さんにも、友だちを連れてきてあげます。そうしたら寂しくありません。待っててくださいね。
 
ええと……。やぎの友だちといえば、草仲間の羊だな。ときどき間違えられる。やぎってどんな動きだっけ。ん? これは犬か。わおーん!
 
あ、また手紙だ! 
 
「つまらん」
 
なんだって? こうみえても、模写はうまいと言われているんですよ! 模写がうまいということは、いい目があるはずなんです。観察眼がね。
 
また手紙だ! 「みたい」……。
 
光の住人さん。わかりました、いいでしょう。見せて差し上げましょう、僕の観察眼によって生まれた世界「夜のサバンナ」です。
 
(獣たちの動きをする)
(遠くから声が聴こえるパフォーマンス)
 
 あ、また何かが出てきた。これはハサミ? (手を通した演技をした途端、操られて自分の目を攻撃)やめろ、やめてくれ! ハサミが離れない! ああ!(ハサミと目が離れた演技)
目が見えない。目を返してくれ。おい、どこに行くんだ? おい! 戻ってきてくれ、目を持って行かないでくれ! 
 
「みるきかんなので」とは、そういうことだったのか! あなたが望んだのは「見る器官」……「目」だったということか。きっとあの手紙には「ほしいものは みるきかんなので とりにうかがう」とでも書いてあったんだ!
 
光の住人さん、それは無いよ。僕は漫画家だ。これじゃあ、仕事もできない。もう辞めてしまおうかと思ったけれど、僕には絵しか無い。辞めたくない、辞めたくない、辞めたくない、辞めたくない。ずっと描いていたい。おい、もうどの溝に君がいるのかわからないよ。おい、おい、返事をしてくれよ。手紙じゃなくて、言葉で!
 
ーーこうして僕は、溝すら見られなくなった。それは目を返してもらう交渉すら、できなくなったということだ。
 
あれから一ヶ月後。僕は暴れた末、絶望して。やっぱりマンガを描き続けている。誰も読んでくれなくても、僕の心の目には傑作が見えるから。

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