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何度しんでもいいから

わたしは髪は明るいし今なんかはピアスもいくつか開いているけれど、ひとに怖がられた試しがない。

あんまりにもたれ目で、圧がないからかもしれない。
道や電車を尋ねられるし、席がいっぱいでなくても隣にお年寄りも座る。それで知らないひとといつのまにか話してしまうところがある。自分の存在を脅かすかもしれない、という気配が少しもしないんだろう。

だれかとの競争心をほとんどなくし、まえの自分と比較するのみ。ひとと比較することで、きっと成長させてくれることもあるんだろうけれど。ひとと比較していたら、できないことばかりに目が行って褒めるところがなくなってしまう。ひとを蹴落とすこともしたくない。きっと気分が悪くなってしまう。

競争心をなくした原因はたぶん、運動神経の悪さを両親が認めたときからだと思う。小学校に入るよりも前のことで、ゆっくりと転がしたボールを受けられなかったり、自分の足に躓いたりしていたからだ。

わたしは走る以外の運動は嫌いではないけれど、上手には、というか人並みになるために練習をしなければいけなかった。逆上がりは友達に付き添ってもらいながら、2ヶ月間毎日練習してやっと出来るようになった。嫌いな訳ではないし、あまりにできないことばかりで、何でも少しできるようになると成長を感じられた。友人も両親も呆れるどころか、こんなにも運動神経が悪いのに、できるようになるまで辞めないところが偉い、とむしろ褒めてくれた。リレーやマラソンでも、最後じゃないだけで褒めてもらえた。普段の授業を思うと、きっと最後だった子は、さぼっていただけなんだけれど。

小学生のある日、自転車に轢かれた。目眩のように景色がぐるっとまわって、駆けつけたお母さんの声で我に返った。何も調べてないけれど、何処も怪我してなかった、と、思う。お母さん曰く、きれいに一回転していたらしい。
その日わたしは自分がしんだことにした。

大人に近付いたわたしは、あるとき授業中や帰り道に涙が止まらなくなった。いつのまにか泣いているし、ひとのいるところでもお構いなしに泣いてしまう。電車のなかでも。悲しいとかではなかった。

わたしは精神科を訪れたことがない。まるで悪いところがないように思われたから。たくさん眠ることができるし。ひとよりも少し感じとりすぎるという性格をした健康体だから。
しんどいひとたちを見てきたけれど、わたしはそれ程ではなかった。何も頑張っていない。頑張りすぎるひとたちとはあまりに遠い。
ひとよりも劣っているとか、そんなことで悩むこともないし。だってひとよりもスタートが後ろなのはずっとずっとそうだったし。
自分のことじゃないことで気持ちが滅入る。場の雰囲気や誰かの溜息や、怒鳴り声や扉を閉める大きな音。そうしたすべてが自分への意思表明なような気がしてきて、そして考えて考えて。自己肯定感までもめちゃくちゃになる。
病名をもらってしまったら、わたしの将来に響くかもしれないよ、そういう性格なんだよと言われて。
そのときは呪いみたいだった。
もし何ともないよと診断されてしまえば、それこそわたしの性格だと突きつけられてしまう。それも恐ろしい。その程度のことだっだ。

わたしは自傷をしたことがない。一度だけ自分の頬を思いきりぶって頭が真っ白になったくらいで。これを脳震盪って言うのかな?とかぼんやりと思った。
耐えきれないくらいのしんどいを経験したことがないからなのかもしれないけれど。きっとそう。
だって家があって食べ物があって、自分を責めない家族がいて、この上なにがほしい?贅沢者め。

わたしは痛みが可視化されて、誰かに認識されることの方がよっぽど恐ろしい。
こんなに恵まれているのに。
笑っているのに無理してると思われたくない。ちゃんとやりきりたい。
そして認識どころか突っ込まれることがひどく嫌だ。見えないこころの内側で殺した。
なんせ、わたしは一度しんでいるし。

絵にすれば言葉にすれば、それは表現だから許される気がした。だれにも開示できないことを表現して、知らずにそれを誰かが好きと言ってくれる。知らないくせに。

でも昇華できた気持ちがした。
この気持ちなしじゃ、つくれないものだった。
だからわたしは苦しいのを手放せないし必要としている。そういうときの方が創作意欲が湧く生きものだから。幸せだと何もつくることをしないから。
つくることをやめたとき。創造が失われた時。
きっともう一度しんでしまう。
たいした絵も歌も、ことばもできないけれど、わたしからつくるを奪えば、タンパク質しかのこらない。
だからたったひとり、表現を好きだといってくれるひとが見つけてくれるのを待ってる。

何度でもわたしを殺して、
その度に新しく生まれ変わる。

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