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芸人小説 イシライサヤカ(7)

坂本と最後に会ったのは・・・たしか8年前。
今も続いているラジオのナレーションの仕事を終えた帰り道。
仕事と言ってもこの番組は俺にとってはただの生活費稼ぎの活動。
ラジオ局やスポンサーや仕事を取って来てくれた事務所には申し訳ないが、ホント全く思い入れの無い番組だ。
月に2回。原稿がメールで届き、それをプリントして局へ向かう。
大手電力会社がスポンサーの番組で、町の歴史や風習、村で長年続くお祭りなどの原稿を俺が読む。
抑揚をつけない
感情を入れない
淡々と読む
これが番組スタート時にディレクターが俺に指示したこと。
このディレクターはすでに番組を去り、今のディレクターで多分4代目のはずだが、それ以降ナレーションへのダメ出しは一切なく、かれこれ10年。たぶん10年くらい続いている。
良い評判も聞かないが苦情も聞いたことがない。
そもそも番組を聞いている人がいるのかどうかも知らない。
坂本と会った頃は、まだ家で一度は下読みをしてから局に行っていたと思う。
この日も抑揚も感情もなく2回分の放送原稿を読み終え、俺は局を後にした。
「お疲れ様でーす」
スタッフに言われるが何も疲れていない。
いつも午後二時ころ局に入り四時には収録が終わる。
この日も四時少し前に収録を終えた俺は、駅前にある立ち飲み屋に入る。
昼間から営業しているこのお店は、当然ながら酔っ払いで賑わっている。
たまに指を差されたり声をかけられることはあったが、執拗以上に絡んでくる人はこれまでいなかった。
ところがこの日はしつこい客が一人。
「おぉ・・・イシライ」
いきなり呼び捨てで声をかけた男は、自分の飲んでいるホッピーとグラスを持って俺の横にやってきた。
面倒だなと思ったが、あと一口でビールも飲み終える。
これを飲んだら帰ろうと思い、適当な愛想笑いを浮かべる。
「仕事帰り?」
「えぇ」
「何の?」
「まぁ」
「ラジオかなんか?」
「え、まぁそんなようなものです」
「そんなようなものって、よそよそしすぎるな、イシライさんよぉ」
そりゃ初対面の人には誰だってよそよそしいでしょと思ったが、あれ?
何か見たことあるぞこの人。
「いつ以来だっけ?」
いつ以来?俺はこの酔っ払いに会ったことがあるのか。
「10年、10年だよなぁ、確か」
10年。10年前ってことは、ハートウォッチャーが解散した時か・・・とそこまで考えて、やっと俺に喋りかけた男が誰なのか分かった。
俺が気づくまでの間もずっと坂本は一人で喋っていたが、それを遮るように俺は
「坂本か?」
一応確認する。
「え!!!お前俺だって気づいてなかったのかよ?」
「だって全然見た目変わったじゃないかよー」
最後に会ったのが21歳。
10年ぶりの坂本は
あの頃より太っていて
あの頃より髪の毛が薄くて
あの頃より老けていた。
「そりゃそうだろ。会うの10年ぶり。俺も31歳だぞ」
「俺だって31歳だよ」
当たり前のことを答えただけなのに、坂本は大笑いする。
なんか面白いツボあったか?
「お前は変わらないなぁ」
そう言ってからサカモトは生ビールを2杯注文し、俺と自分の前にビールを置く。
「10年ぶりの再会に乾杯!」
杯を向けられたらグラスを傾けるしかない。
客はひっきりなしに入って来るが、誰も俺達に気づいちゃいない。
俺達ハートウォッチャーですよ。
昔野球伝道師ってロケで海外行ったお笑いコンビですよ。
紅白も大河も出たんですよ。
言ったところで無視されるか、逆に酔っ払いから絡まれるかのどちらかだろうが、他の客にかまっている暇はない。
なんせ坂本がずっと俺に向かって喋り続けているから。

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