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芸人小説 イシライサヤカ(2)

⇒(1)

イシライサヤカという名で、初めてグリーンスポットのステージに立ったのは、もう十九年も前のことだ。
高校三年の秋。友人のサカモトノボルに誘われてやったことのない漫才のまねごとを披露したのだ。
コンビ名はハートウォッチャー。何でこの名前にしたんだったかな?サカモトが決めたはずだが覚えていない。
サカモトは坂本昇の本名をカタカナ明記に。
じゃあ俺もカタカナにしようとイシライサヤカを芸名にしたが、本名は春畑高彦。全く本名と異なる、しかもサヤカって女?という名前にした。
これは名前を付けた意味は今でも覚えている。当時付き合っていた彼女の名がサヤカ。
二人でよく通っていた喫茶店の名前がイシライ。たしか店主の苗字が石頼だったはず。そんな適当な理由で付けたイシライサヤカだが、コンビ結成から三か月経たずサヤカとは別れ、喫茶店イシライもいつの間にか閉店していた。
イシライは潰れサヤカとは会っていないのに、イシライサヤカと名乗り続けて19年にもなってしまったわけだ。いやはや…。
こんな即席で誕生した漫才コンビ・ハートウォッチャーは、結成から僅か4か月でオースナー所属タレントとなる。
ハートウォッチャーのネタが面白く、スター性が高かった…というわけでは全くない。
当時の「オースナー 小爆笑ライヴ」では、公開ネタ見せオーディションというコーナーがあった。
参加するのはどこにも所属していないフリーの芸人と芸人希望のアマチュア。
最初は1分間コーナーに出演し、お客の拍手が多かった3組が翌月1本ネタコーナーに出演できる。
1本ネタは毎月10組前後が3分ネタを披露。
観客のアンケートでベスト3とワースト3を決定し、ワースト3になると、翌月の1本ネタコーナーには出演できず、代わりに1分間コーナーを勝ち上がった3組が出演する。
そして3か月ベスト3に入ると、事務所所属になれるのだ。
ハートウォッチャーは、1分間コーナーで観客からの支持を得て優勝。
翌月から1本ネタコーナーに出演。
一回目三位、二回目二位、そして三回目も二位になり、ストレートでオースナー所属となったのだ。
こうやって書くとかっこいいな。
活字だけで見ると、キラボシのごとき輝く若きお笑いの新星って感じ。
だけどネタばらしをすると…。
グリーンスポットのキャパは150席ほど。
テレビに出るような人気タレントがゲストが来る時は満席になることもあるが、当時の事務所ライブでは100人入るか入らない程度。
観客投票では面白いと思う芸人一組に投票する。
だいたい一位が30票くらい。
二位、三位が20票台。
あとが10票台で続く。
サカモトと俺は、友人知人、家族に親戚までを動員した。
いきなりたくさん呼んで一位になっても怪しまれるし、同じ友人知人が毎月見に来てくれるとも限らない。
1分間コーナーの時は、中学の女友達らを10人ほど呼んだ。
前から三列目と最後方席に座ってもらい、1分間の勢いだけのリズムネタに大爆笑してもらう。
なんだかわからない勢いだけのネタだが、女子高生が笑っている。
1分間ネタの観客投票は拍手とMCの裁量という中途半端な審査。
彼女たちがそうとう力強く拍手をし、のちに我々の先輩芸人になる当時の若手漫才コンビ・シュークリームが我々を二位に選出してくれ翌月の一本ネタへの進出が決まった。
一本ネタ一か月目は従妹や親せきなど10数名を呼んだ。
あきらかに客層と違うおじさんおばさんをMCはいじっていたが、19票を稼ぎ三位でクリア。
二か月目はサカモトが所属していた野球部の後輩や俺の中学のツレ。
坊主頭とヤンキーが集まる異様な雰囲気の中、太い声の笑い声が響き24票で二位に。
そして三か月目は女子高生再び!それから俺たちがプロになるかもと野球部員も何名か見に来てくれた。
その結果21票だったが、四位が二十票。事前に頼んでいなかった野球部の後輩二人が見に来ていなかったら四位だった。
危ない危ない。
と、要するに組織票を繰り出し我々はデビューから経った四か月でプロになった。
オースナーも一度決めたルールを覆すこともできず我々と契約してくれたが、その二か月後から一本見せの投票がひとり三組に変更となったこと。
三か月勝ち抜いた芸人は、翌月から見習いで三か月出場し、合格した者のみ契約と変更になったこと。
これらからも我々ハートウォッチャーの所属には疑問視を持っているスタッフが多かったと思われる。
だけどルールはルール。
ハートウォッチャーはオースナー所属となり、プロの芸人の道を何となく歩み始めることになったのだ。


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