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芸人小説 イシライサヤカ(1)

グリーンスポットの前には、すでに数人の女性ファンが並んでいる。
全席自由のライヴなので、いい席を取りたいファンは早い時間から列をなす。
しかしまぁ、グリーンスポットってなんやねん!といつも思う。
看板や文字や黒と赤。
会場内にも緑らしきものはほぼ見当たらない。
なのに会場名はグリーンスポット。
ビルの地下にあるイベントハウスで、音楽やお笑いのライヴ、演劇や落語会なんかも開催されている。キャパは100席ほど。このサイズにしては控室が広く演者が多いイベントには重宝しているスポットだ。
だけどグリーンスポットってなんやねん!
関西人でもないのに、関西弁で突っ込みたくなる。
グリーンスポットで開催される今日のイベント
「オースナー 小爆笑ライヴ」
このイベント名も「なんでやねん!」のツッコミどころが満載だ。
オースナーとはお笑い芸能事務所の名前。
俺も所属しているが、所属して7年くらい事務所の名前の由来を知らなかった。
聞けばすぐ教えてくれたのかもしれないが、特に興味もなかったし誰もそのことに触れることもなかったが、テレビに出る芸人も増え、それなりに事務所名が大きくなった頃、社長のインタビューがネット記事で掲載された。
そこに事務所名の由来が書かれていた。
「押しも押される人気を呼ぶ芸人が出て欲しい。そんな願いを込めてオースナーという名前にしました」
うん、ここにもなんでやねん!を入れよう。
押しも押される人気芸人が出て欲しいなら「オセ」ってことじゃないのか、「オスナ」って。あと無駄にハイフン入れて「オースナー」って。
絶対この由来後付けだぜ。ホントは社長適当に名前つけて説明に困って苦し紛れに言っただけだぜ。
芸人仲間とはそんな話をしているが、だからって実際社長に確認した人もいないし、そもそも事務所名の由来に関心を持っている芸人もいないであろう。
続いてのなんやねん!
「オースナー 小爆笑ライヴ」
なぜ「小」が入ってるんだ?
「オースナー 爆笑ライヴ」
でいいじゃないのか。
爆笑ライブの前に一文字漢字を入れるなら、普通は「大」だろ。
国語のテストの問題で
次の空白にふさわしい感じ一文字を入れろって問題が出た時、
「オースナー □爆笑ライヴ」の答えは「大」であって、「小」なんて書いたら絶対国語の先生は、丸を付けてくれない。
その前にこんな問題を作った時点で、国語の先生は学年主任に呼ばれることだろう。
地下にあるライヴハウスに並ぶファンたちとは別に、右手にビルの入口がある。芸人や関係者は1Fのビル入り口から入り、階段でライヴハウスへ向かう。
人気芸人が通るとそれに気づいたファンが声をかけたり写真を撮ったり、中にはプレゼントを渡す人もいる。
ちょうどデビュー2年目の漫才コンビ・梅酢屋のノリが通り、ファンが写真をせがんでいる。「オースナー 小爆笑ライヴ」のポスターの前でポーズをとるファンとノリ。
撮影も終わったのに、まだその前で立ち話をしている。
そこ入口の前なんだよなぁ。少し離れたところで立ち止まっている俺の姿を見つけたノリが慌ててドアを開ける。
「おはようございます」
ノリが俺に深々と礼をする。
「あぁ、ごめんね」
俺はわざとお茶らけた感じでその横を通りビルの中に入る。
ドアが閉まる瞬間、そのファンの子が「あの人誰ですか?」といった声も微かに聞こえながら。

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