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芸人小説 イシライサヤカ(4)

そんな状況に悩んだサカモトが休養を申し出たのが、三年目の秋。二十一歳の時だ。
「海外に行って役者修行をしたい」
最初はネタかと思ったよ。
または番組のロケ。それとも漫才やコントのネタとしてなのか???
違った。
「ハートウォッチャー解散。サカモト海外へ役者として武者修行」
俺への報告があった三日後、ワイドショーで報道される。
記者会見場にはサカモトとマネージャーのアケミさんがいた。
解散の記者会見なのに、俺は呼ばれなかった。
アケミさんは俺達より四つ年上だから当時二十五歳。
高卒でオースナーのマネージャーになり、俺達のデビュー時からずっと支えてくれていた。
だからこの記者会見も別に不思議と思わなかった。
俺が誘われていないことも不思議と思わなかったが、この日から事務所の関係者同業者からの俺を見る目が少しずつ変わってきた。
よく言われた言葉が
「まぁ、元気出せよ」
「これからも仕事続けろよ」
励まし?慰め?
まぁ突然コンビが解散となったわけだからわからないでもないが、俺自身は正直なところそこまでショックというわけではなかった。
ここ何か月かの仕事の動き。
なんとなくこうなることを予感していた自分がいた。
もちろんこうなったから思う後付けだが。
まず3月でレギュラーのテレビとラジオが1本ずつ終了になった。
春からのレギュラー番組がそれぞれ単独で一本ずつ。
ドラマや舞台の話もなくなった。
相変わらず単発でのテレビ出演や営業と呼ばれる舞台やイベントの仕事はあったが
なんとなくハートウォッチャーがこれからも求められるというより、これまでの貯金で続いている。
そんな感じはしていた。
そこまで深くは考えない俺と、仕事に真摯に向き合うサカモトの差。
それが海外への武者修行につながった。
そう思っていたが、本当の理由を知ったのはそれから半年以上先のこと。
サカモトとマネージャーのアケミさんは男と女の関係だった。
そして海外武者修行という名目で国外逃亡。いわば駆け落ち。
それなりに売れっ子だったハートウォッチャーなのだからスキャンダルになりそうなものだが、ほぼ公にならなかった。
相方の俺が半年先に知るほどだからね。
この大問題が大問題にならなかった最大の理由はアケミさん。
アケミさんは社長の隠し子だった。
愛人の子ね。
それこそ大問題なのにこれが大問題として報道されないのも芸能界の闇。
自分の娘が芸人に手を出してしまった。
怒りたい気持ちと隠したい気持ちを足して二で割ったら解散と武者修行になったわけである。
で・・・イシライサヤカ・・・俺である。
相方とマネージャーと二人三脚で活動していたハートウォッチャーが消え、ネタを作り笑いも取り人気の高かった相方がいなくなり、このまま消えてしまっても今思えば不思議じゃなかった。
だけど消えなかった。
オースナーの先輩芸人や売り出し中の若手芸人。事務所の息のかかった制作会社の番組に呼ばれることが増えた。
コンビは解散したのでネタ営業は無くなったが、テレビの仕事は増えた。
クイズ番組の回答者やグルメレポーター、重要なセリフは無いがドラマや映画の出演も増えた。
これも後々で人づてに知ったものなのだが、社長が俺への罪滅ぼしから少しでも多く仕事を入れるようにとご達しがあったらしい。
そんな感じでたった三年で解散したハートウォッチャーだったが、それからずっとタレント・イシライサヤカとして活動してきた。
といっても特に面白いわけでも演技力があるわけでもない俺の需要は少しずつ減っていく。
若い頃は「可愛い」もウリだったが、そのウリもいつのまにかなくなり今は37歳のおっさんだ。
テレビのレギュラーは無い。この前テレビに出たのは三か月前。バラエティ番組のドッキリ企画で突然背後から膝カックンをやられた。
数人の芸人が出演したが、リアクションの薄かった俺の出番は二秒。この時オーバーにリアクションし壁に頭をぶつけたほぼ同期の中堅芸人が、その後も頻繁にこの番組に呼ばれるようになった。
後で聞いたら俺同様薄いリアクションしかできなかったそうだが、ディレクターに懸命にお願いし再撮しあの絵が撮れたそうだ。
という話を聞いても悔しがらない。
「お前は売れたいという欲がないのか!」
先輩芸人に言われることもあるが、売れたところで・・・。
そう思っている。
テレビの仕事はどんどん減ったが、それでも仕事は無くならない。
ラジオのレギュラーは十年以上平均して二、三本。
何かが終わると何かが始まる。
今担当しているのは、事務所の女性アイドルグループのトーク番組。ご意見番とかいうよくわからない立ち位置で、彼女たちのファンからの質問メールを読んだり、芸能界で生きるための術みたいなことを話す。
それから大手電力会社がスポンサーの地域紹介番組のナレーション。正直なんで俺なんだろうっていう仕事だが、ギャラがいいので断る理由は無い。
出る方以外でも放送作家なる仕事も数本ある。
別に俺がやりたいと手を挙げたわけじゃないのに、事務所から話が来たのが6-7年前。
どれもオースナーのタレントが絡んでいる番組ばかり。
企画会議に参加したり、台本を書いたり。
スタッフは同世代か俺より年下。出演者も全員年下。
気をつかうこともなく楽な仕事。
逆にディレクターとか立場が上の人の方が俺に気をつかう。
「子どもの頃、ハートウォッチャー見てましたよ」
「初めて買ったCDハートウォッチャーさんでした」
そんなことを言ってくれる人もいる。
そんなこんなで37歳。
今年の冬で38歳になる。
だから芸歴ももうすぐ20年になる。

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