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美術館に行きたい

今までふつうに出来ていたことがコロナのせいで出来なくなり、実は自分にとってすごく大事だったと気付かされた、なんてことはありませんか?

私にとって美術館に行くことがそうでした。

もう、極上のエンタメなのです。絵を見るだけではなく、その前後も楽しみで仕方がない。キレイめの服を着て美術展に行きグッズを選んで、友人と一緒だったら気の利いたお店でランチをいただきつつお互いの感想を世間話を挟みながらとりとめなくおしゃべりし、散歩し帰宅するまでが一連の流れ。一人で行く時も、アフターは美味しいカフェのコーヒーをマイペースでいただきながら、買ったグッズやフライヤーをニヤニヤ眺めてました。一粒で3倍くらいお得な感じです。

もちろん絵画鑑賞から得られる刺激もたくさんあります。もし芸術家ならばインスピレーションを得て自らの作品を生み出すのでしょうが、残念ながら芸術家ではないので、作品鑑賞の感情の動きをこんな形でアウトプットしています。

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チケットやフライヤーを切り貼りし書き込みもして、自分なりの図録を作っています。この作業が超絶楽しい!手を動かすと不思議と頭にスッと入るのでボケ防止(!)にもつながります。ちなみにこのバインダーは朝日新聞ショップで刊行しているもので専用クリアファイルもついており、絵葉書も収納できて便利です。

美術館で本物の絵画を見ていつも感じるのは、「え、この絵は実在したんだ!この絵を描いた人は本当にいたんだ!」というインパクト。実物のオーラと存在感はすごいもので、図鑑やインターネットで見るよりも迫力があります。テレビで見る芸能人を、直に見るとオーラに驚かされるのに似ています。

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昨年衝撃を受けたクリムト展(東京都美術館)「女の三代」。

美しく残酷で、いてもたってもいられませんでした。おのれの情熱を持て余し、勢いで色鉛筆で模写しました。この女の子のふわふわな黒髪と金髪に飾られたお花、嘆いているおばあさんの硬く節くれだったシワだらけな肌をどうにか自分の手中に収めたかったのです。

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クリムトの創作過程に想いを馳せながら、ひたすら色鉛筆を動かす。この、血管が浮いたシワだらけの手から感じられる老婆の悲哀と、そこはかとない自信。そしてあどけなく眠る赤子とそれを優しくふわっと包み込む若い母親の手は、白く柔和で儚げな天使の羽のよう。赤地に黄色の花を一心不乱に模写しながら、100年前のオーストリアの画家に問うてみる。この作品を作った時あなたは何を感じていましたか…?

もちろん答えは無いのですが、言語化したら陳腐になりそうな豊かな感情の渦に満たされ幸福感でいっぱいでした。絵と脳内会話するなんて、はたから見るとオカルトチックで危ないヒトですが、多分それでいいのです。

今まで、何か心が踊るような刺激を受けたのは、直に作品を見た時だけです。ステイホーム中、世界中のギャラリーがデジタルコンテンツを無料公開してくれたので退屈することもなく過ごせましたが、やはり作品が見たいです。

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(世界中の名画の陶板が集結した大塚国際美術館、モネの「睡蓮」を模した庭)

実は外国の美術館に行ったことがありません。死ぬ前にいつかはパリとフィレンツェに行ってみたいものです。あ、グッゲンハイムも建物が面白いんですよね、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿、MOMA、エルミタージュなど、行きたいところはあれもこれもとキリがない。徳島の大塚国際美術館はそういう欲張りな庶民の夢を叶えるのにうってつけなのでオススメです。

奇しくもクリムトは、エゴン・シーレと共に100年前にヨーロッパで大流行したスペイン風邪で亡くなりました。コロナ禍がこれ以上拡大せずに終息しますよう祈らずにはいられません。今春開催する予定だったロンドンナショナルギャラリー展は延期、ボストン美術館展は中止となりましたが、終息後にまた素敵な絵画たちに逢えることを願っています。

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