【感想】意気消沈のアマルガム

老年の入口に到達してから若い者たちの言語感覚の齟齬には愕然とすることばかりである。

流行り言葉だとか言葉遣いの変容とかの次元の話ではない。

社会生活を営む中で言葉の担う役割が違っているのだ。「ハラスメント」や「ガバナンス」の観点からの問題のことではない。

簡単明瞭に分かりやすい説明が求められていることや内容よりもどのように語っているかで発言の成否が決まってしまうことへの絶望感のことである。

絶望しているということは、意志の疎通を諦めたということである。
「言語のルッキズム」と考えるしかなさそうなのが辛すぎる。
「自分の頭で考える」ことが軽視されているとしか思えない。「エビデンス至上主義」と「あなたの感想ですよね」のアマルガム攻撃が最強であることの意味は「自分で考えたことを発言する」は無意味であると認定されているということである。発言主体は必要がないということ。

固有名詞が邪魔になり属性だけが有用とされる。

誰が何を言ったのかは問題ではなくなった。有名無名は関係なく、発言の「資格」は専門家か否かだけが問題なのだ。
誰もが発信の主体に成れる環境が齎したのは情報を受取り採点をすることで間接的に世論を誘導できる審査員の増加と権限の強化である。

ある意味では主権在民の先鋭化である。
「民主制」の極みでしょうか。