財団をつくると決めた日
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財団をつくると決めた日

應武茉里依 Outake Mary


私が「財団をつくる」と決めた日の話をしようと思う

私はこれまでたくさんの給付奨学金をもらって生きてきた。

総額 およそ900万円。

母からはこんな言葉をもらった。

「貴女の奨学金は大きかったね。それらが無かったら違ってたよー
 きっとギスギスしてたと思う。だから貴女のお陰よ。

 貴女がガリ勉じゃなく 頑張って成績優秀でいてくれたから
 悲愴感漂わせずに暮らしていられたんだと思う」


父からはこんな言葉をもらった。

「茉里依は進学に関して親に一切負担をかけず
 自分で切り開いたことは立派だと思うし、誇りに感じます」


自分の才能でお金を稼いでいるの。
ほら私すごいでしょう?

19歳の夏、
あの日まではそう思っていた。


ジェイティ財団

ジェイティ財団には
大学1年生の春から4年生が終わる春までの4年間
つまり1,461日間 お世話になった。

授業料全額:年間54万円
生活費  :毎月10万円

が私の口座に振り込まれていた。

札幌での一人暮らしはそうお金はかからず
私の口座には何もしなくても 毎月5万円が貯まっていった。

半年も経てば、まとまった貯金になり
会いたいと思った人に会いに行ったり
参加したいなと思ったイベントに参加したり
インドに行ったり
無人島を貸し切ったり、
日本一周をしたり、
やりたいと思ったことを
財布を一切みずにやることができた。

年間30回以上飛行機に乗る生活を
かれこれ3年は続けたと思う。

「さぞ裕福な家庭で育ったんでしょう」
「親が援助してくれるっていいね」
と たびたび勘違いされた。

「親の力頼ってないし!」
「自分の実力で勝ち取ったし!」
当時ちょっとムキになっている自分がいた。

かといって
自分が貧困家庭で育ったことも
恥ずかしくて話せなかった。

妬まれそうで怖かったのもある。


JTの奨学金には、なぜか「合宿」があった

高校生までにもらっていた奨学金は、お金をもらって終わりだった。

高校時代は、短いレポートのようなものを書いていた奨学金もあったけれど
(顔の見えない相手に何を報告しろというのだろう、と
 正直、ペンが進まなかった。何度 母に尻を叩かれたか)

基本的に財団の人にも同じ受給者にも誰ともあったことがなかった。

ジェイティ財団は違った。

私には北は北海道から、南は沖縄まで全国35人の仲間がいて
半年から1年に1回、数泊の合宿で顔を合わせた。

合宿に関する全員分の宿泊費・食費・交通費を財団が担ってくれていた。
合宿の中身はウィル・シードという会社の方々が準備してくれていた。
(熱い想いでコンペを勝ち取ったらしい 改めてこの会社でよかった)

合宿では、ウィル・シードの人なのかJTの人なのか
ぱっと見てわからなかった。
それくらい相当な打ち合わせを重ねてくださったんだと思う。

集合場所で
初めてウィル・シードの方に会った時に「應武です」といったら
紙を見ることなく即座に
「 應武茉里依さん! 」と言われたのを今でも覚えている。

難読漢字である私の名前を間違えずに呼んでくれたこと
35人もいるのにフルネームを覚えてくださったことが
すごく嬉しかった。歓迎されている気持ちがした。

一体どれだけの時間とお金がかかっているんだろう、と今でも青ざめる。

この合宿がすごく楽しかった。

戦略とチームワークが必要なゲームで苦戦したり
日本の古典、海外の古典を読んで想ったことぶつけてみたり
新聞を切り抜いて自分を表現することで新しい自分に出会えたり
貿易ゲームで世界の縮図を自分の手足で実感したり。

大して仲良くなることもなく
眠くなるようなことさせられるのかな・・・なんて思っていたのに

「次の合宿では何があるんだろう」
「あの人、半年でどれだけ変わったかな」
いつの間にか楽しみで仕方なくなっていた。


そういえば、
初めてコミュニティの中心になるという
経験をくれたのはここだった。

集合写真を撮る時に
「中心は、まりーでしょ」と
みんなが手招きしてくれたことは
きっと一生忘れないと思う。


偉いおじさんの話

大学2年生の夏の合宿で
JTの取締役のかたが、ご飯の時にこんな話をしていた。

 私たちは皆さんにお金を
 渡しているのではありません。


何を言っているんだろう、この人は。
頭の中にハテナが浮かんだ。

 私たちが皆さんに贈っているものは、時間です。
 本来ならばあなたたちはアルバイトを詰めに詰めて
 学費と生活費を稼がなければならなかった。

 もちろんそのアルバイトの中でも
 学ぶことはたくさんあるでしょう。

 けれど もし
 そのアルバイトに費やさざるをえなかった時間を
 あなたが好きに使うことができたなら。


 私はあなたたちの学びたいという
 強い想いを知っています。

 私はあなたたちの挑戦したいという
 強い想いを知っています。

 私は、この大学生活の4年間を
 あなたの成長につながる時間にしてほしい。
 安心して学び、挑戦してほしい。

 そんな想いでこの奨学金をやっています。

 だからね
 私たちが、あなたに贈っているのは
 時間なんです。


頭を撃たれた。
(おじさんなんて言って すみませんでした)


私がもらっているのはお金ではなかった


私はずっとお金をもらっていると思っていた。
でもそうじゃなかった。


18歳の春、誘われたご飯に全部いけたことも

18歳の秋、学生団体やバイトやサークル15個かけもちできたことも

19歳の夏、インドに一人で行けたことも

20歳の秋、海外の無人島を貸し切ったことも

20歳の冬、ヒッチハイクで日本一周をしたことも

21歳の夏、北海道の 道の駅を制覇できたことも

21歳の夏、2年半で卒業に必要な単位を取り終えてしまえたことも

21歳の秋、東京でインターンできたのも

21歳の冬、熊本に移住できたのも

22歳の春、親友とツバルに行けたのも


ぜんぶぜんぶ、
ジェイティ財団が与えてくれた時間によって
生まれた経験だった。


どれだけの人に出会い、
どれだけの学びを得て、
どれだけの自信をもらって、
どれだけ私が成長したかわからない。


自分が胸はって頑張ったと誇って言える
成功体験をつんだことで自分を好きになれたことも

私の思いつきやアイディアが 誰かの人生を
変えることがあると気づけたことも

自分の存在が誰かに勇気や元気を与えうると知れたことも

19年間、ずっといえなかった
母親への「ありがとう」を言えるようになったのも


ぜんぶぜんぶ、ジェイティ財団のおかげだった。


時間をもらっていた。
機会をもらっていた。
ご縁をもらっていた。
経験をもらっていた。
選択肢をもらっていた。
可能性をもらっていた。


私も、誰かに可能性を
与えられる存在になりたいと思った。


財団をつくろう


2015年の夏、私は決意した。


それから私は
「40歳までに財団をつくりたい」
と口にするようになった。


今の私、ダサいな。


ある日ふと、
“いつかやろう”
ってダサいなと思うようになった。


「なんで今やらないの?」
という問いに納得感のある答えが出せなかった。


今はお金がないから・・・
まだ時期じゃないから・・・
無名だから・・・

できることから初めてみよう。

そうして最初の決意から3年、
應武茉里依奨学金がスタートした。


今、タバコを吸っているあなたへ

ジェイティ財団は
タバコで有名なJT(日本たばこ産業株式会社)が
社会貢献活動の一環として、高等教育における機会均等確保の一助となることを目的に設立された財団です。

JTの売上の 88%はタバコが支えています。

つまり今、タバコを吸いながらこれを読んでくれているあなた

あなたのタバコの購入が、JTの利益に繋がり
その利益があったからこそ財団が設立され
そして私の可能性に繋がりました。

だから、ありがとうございます。

喫煙者にとっては「禁煙!」「分煙!」と
次々と行き場を失い 生きにくい社会になりました。

私はタバコを吸いませんし、今も正直タバコのニオイは苦手です。
でも、個人の嗜好として愉しむ自由があると私は考えています。

肩身の狭い思いをしているであろうあなたが これを読んで
「誰かの人生をプラスに変えたんだ」と
ちょっぴり誇りに想っていただけたなら私は嬉しいです。

とはいえ、喫煙はリスクを伴うので ほどほどにね。

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應武茉里依 Outake Mary
野球はスコアを書くのが好き 旅行よりも旅が好き 強みはどうにかするところ 「應武茉里依奨学金」をはじめて 2022年に5年目を迎えます 2021/6/25〜 夫婦別姓 事実婚 自分の生き方が他の誰かの選択肢に なりますように https://outakemary.jp