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僕はおまえが、すきゾ!(49)

数日後、優作は映画館のアルバイトの日だった。それは、古賀さんと顔を合わす事でもあった。
古賀さんのアルバイトが終わるのは、優作のバイト上がりの一時間後だった。
優作は休憩室で、古賀さんを待ち伏せしていた。休憩室は、8畳程のスペースに、机にはパソコン、そしてロッカー、壁にはシフト表が貼ってあった。畳が敷かれており、靴を脱いで上がれるようになっていた。その部屋で優作は古賀さんを待っていた。優作はスマホゲームをしていると、そこに古賀さんがUSJのアトラクションのようなユニフォーム姿で現れた。映画館の制服だ。
「お疲れ様です」古賀さんは小さな作り笑顔で言った。
「お疲れ様です」優作は小さな声で応えた。
古賀さんはロッカーから自分の荷物を取り出すと、ポンチョのようなユニフォームの上着を脱いで、半袖のTシャツの上に、薄手の上着を着込んだ。
古賀さんは立ち上がると、休憩室を出て行こうとした。
「古賀さん!」と優作は古賀さんを呼び止めようと叫んだ。
ドアノブに手を掛けた古賀さんの動きが止まった。
古賀さんは優作の方を振り向いたが、優作の顔を見て、黙っていた。
二人の間に、静かな沈黙が訪れた。
「朝子さん」その沈黙を破るように、優作はもう一度、古賀さんの名前を呼んだ。
「何ですか?」古賀さんは、他人行儀に言った。
「あの、映画なんだけどさ、やっぱり最後まで撮りたいんだ。朝子さんが必要なんだ」
優作は思いの丈を古賀さんにぶつけた。
古賀さんはしばらく黙っていたが、口を開いた。
「私、イギリスに行く事にした」
「え?」
「ロンドンの演劇学校で、本格的に演技の勉強がしたいの」
優作はあまりに突然の古賀さんの言葉にあっけに取られた。
「それって、今すぐに?今すぐ行かなきゃいけないの?」優作の鼓動は高鳴った。
「思い立ったが吉日って言うじゃない」
「俺が止めても駄目なの?俺じゃ、古賀さんの抑止力にはならないの?」優作は目で縋った。
「もう決めたの」
古賀さんは言った。
「じゃあね」と古賀さんは言って、部屋を出て行った。
後に残された優作は、呆然自失になって、しばらく思考が止まっていた。
ハッと我に返った優作は、髪をクシャクシャっと搔きむしった。
「何だよ……。何だよ」
優作は一人で勝手に古賀さんとの夢を描いていた。しかし、それが間違いだとは気が付くのが遅かった。
優作はポツンと一人、休憩室でとりのこされていた。優作の心も一緒に。
 

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