トーキング・ポインツ――ジョン・スチュワートのコメディに学ぶ

【読書の前に】2016年5月1日(日)

トーキング・ポインツ――ジョン・スチュワートのコメディに学ぶ

▼大原ケイ氏‏@Lingualinaの

〈トレヴァー・ノアよりラリー・フィルモアの笑いの感覚がアタシと近いんだと思う。それにつけてもジョン・スチュワートかむば〜〜く!〉9:58 PM - 30 Apr 2016

というツイートに出てくるジョン・スチュワートは、アメリカで「ザ・デイリー・ショー」というコメディ番組を16年間続け、2015年に降板した。後任がトレヴァー・ノア。

このジョン・スチュワートがつくっていたコメディについて、ビル・コヴァッチ、トム・ローゼンスティール著『インテリジェンス・ジャーナリズム』(奥村信幸訳、ミネルヴァ書房、2015年。原著はBLUR : How to Know What's True in the Age of Information Overload、2011年)で紹介されていたので、当該箇所を引用しておく。

第5章「ソース」から、小見出しは「誘導的な表現の繰り返し」。

〈ある問題や出来事について、複数の情報源が同じ言い回しを使っているようなら、それはごまかしや巧妙なコントロールの疑いがあると身構えるべきである。説明的な言葉が画一的に連発されているようなものは、事実関係の補強ではなく、別の何かである。/経験豊富なニュース編集者にとっても、ニュースの消費者にとっても、複数の情報源が同じ言葉を用いたなら、コミュニケーション戦略のプロが仕組んだトーキング・ポインツを聞かされているサインである。〉136頁

▼トーキング・ポインツとは、〈コミュニケーションの専門家らによって編み出された政治マーケティング上の流行語で、テレビ番組の内容、政治家の主張や信条、あるいは著作物などについて矛盾した紹介や評価が出されないよう、一般大衆の受け取り方をコントロールするために都合よく考え出されたフレーズである。受け身で取材する断定のジャーナリズムを実践する人たちをコントロールするには大きな武器となり、主張のジャーナリズムを行う者にとっては相手を支配する棍棒(こんぼう)のような役割を果たす〉(133頁ー134頁)言葉だ。

▼さらに、ここで登場した「断定のジャーナリズム」や「主張のジャーナリズム」も、とても重要な術語なので、当該箇所を下記に示しておこう。

〈私たちは、ニュースを四つのモデルに明確に区別した。
検証のジャーナリズム――正確さと文脈に最高の価値を置く、伝統的なモデル。
断定のジャーナリズム――伝える速さと情報量に重きを置く、比較的新しいモデル。実際に行うと、情報が流れるパイプのような受け身の伝達になってしまう。
主張のジャーナリズム――新しい政治的なメディアで、特定の人物や組織に対する忠誠心を優先し、正確さ、首尾一貫しているか、あるいは検証といった側面は軽視され、読者や視聴者の信念に賛同するような報道のスタイル。目的を達成するために、都合のよい情報だけを集めてしまう傾向がある。
利益集団のジャーナリズム――ターゲットを限定したウェブサイトや作品など、しばしば調査報道のような体裁を取る。メディア企業が制作しているのではなく、特定の利益団体の資金提供を受け、ニュースのように見えるようデザインされている。(49頁ー50頁)

この区分は日本のジャーナリズムにも当てはまる。「断定のジャーナリズム」の特徴が「受け身」である点など、思い当たる節のあるジャーナリズム関係者も多いことだろう。さて、本文に戻ろう。

〈このような政治的言説による巧みなコントロールを監視するのは、報道機関ではなく、「ザ・デイリー・ショー・ウィズ・ジョン・スチュワート」(The Daily Show with Jon Stewart)などのコメディ番組である。この番組が、ジョージ・W・ブッシュ政権のイラク戦争に対する批判を沈静化しようと躍起になって連発したトーキング・ポインツをいかに鋭く描き出してきたことか。〉136頁

▼コメディ番組が政治を監視していたというのである。日本の現在のコメディ番組しか知らない筆者は、この一文を読んで驚いた。テレビの笑いによって、政治権力の意図を相対化し、編集し、エンターテインメントに仕上げるわけだ。いったい素材は何だったのだろう。

〈民主党主導の連邦議会下院では、米軍のイラク撤退のタイムテーブルを議論するだけでなく、ブッシュ政権のイラク政策は国益にかなうものではないという決議についてまで議論していた。/その時、共和党側は、自分たちが何カ月間も使ってきたトーキング・ポインツを使って反論した。全員が同じ言葉、「embolden」[勢いづける]を使って、そのような議論を非難しようとした。共和党の誰一人として、「encourage」[勇気づける]、「animate」[活気づける]、「inspire」[鼓舞する]などの同じような意味を表す他の言葉を一切使わず、全員が同じ論法をとっていた。「大統領に対する批判は、敵を『embolden 勢いづかせる』だけだ」と。〉136頁ー137頁

「embolden」という言葉が、おそらくは大統領の周辺によって「一般大衆の受け取り方をコントロールするために都合よく考え出されたフレーズ」だったわけだ。

〈2007年1月23日、共和党下院の院内総務ジョン・ボーナーは「連邦議会で議論されているすべての選択肢は、世界の隅々で活動するテロリストたちを勢いづかせるだけだ」と発言している。/ホワイトハウス報道官のトニー・スノーも、2006年9月12日に「イラクからの撤兵は、テロリストを勢いづかせるだけだ」と記者会見で発言している。/ブッシュ大統領自身も、2006年11月6日に、「任務半ばでのイラクからの撤退は、敵を勢いづかせるだけだ」と発言している。また、2007年1月17日にも、「撤兵に関するすべてのタイムテーブルは敵を勢いづかせる」と発言している。彼は少なくとも2005年7月22日の時点で、いち早く「一貫しないメッセージを敵に送ってしまえば、かえって勢いづかせてしまう」と発言している。〉137頁

▼日本のマスメディアは、もしもある問題について〈複数の情報源が同じ言葉を用いたなら〉、たとえば日本の総理大臣、官房長官、自民党幹部たちが同じ決め台詞――トーキング・ポインツを使い始めた時に、そのカラクリを「見える化」して、正面から報道できるだろうか。おそらくできないが、イラク戦争の時はアメリカのマスメディアもできなかったようだ。

〈主要メディアは、これらのトーキング・ポインツをそのまま放送し、結果的に説得力を与えてしまった。スチュワートのコメディよりも劣っていた。彼の番組は、それらの事例をすべてつなぎ合わせ、一緒にして、共和党のトーキング・ポインツという隠されたコントロールを暴き出す、説得力のあるものだったからである。〉137頁

▼その番組の見事な編集ぶりは、The Daily Show with Jon Stewartのサイトから今も見ることができる。

EMBOLDENED TERRORISTS

JANUARY 31, 2007

There is nothing that will stop the emboldening of the terrorists. (1:51)

インターネットによって便利な世の中になったものだ。

テレビで幅を利かせている芸能業界の人々が軒並み政治的に去勢されている日本社会では、こういう番組を実際につくることが想像できないだけでなく、そもそもこういう番組が世の中に存在しているという現実そのものを、なかなか受け入れられないかもしれない。おそらく「笑い」の定義が、彼我で、まるで違うのだろう。

ジャーナリズムの定義はどうだろうか?

(2016年5月1日 更新)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?