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第43回 ぶっ飛んだお嫁様

 超ニコニコ結婚式以降、拳法道場のゴタゴタと並行して、色々な出来事が起こっていた。
 例えば秋に予定しているホテルミラコスタ(ディズニーシー)での結婚式の準備だ。2019年のゴールデンウィーク明けから本格的にホテル側との打ち合わせがスタートして、披露宴には誰を呼ぶか、オプションはどうするか、そういったことを少しずつ詰めていっていた。
 それから、会社の仕事量も増えてきており、求められる成果も一段とレベルアップしていた。以前も書いたが、ねちっこいY課長(仮称)のねちねちしたパワハラを受けながら、辛抱強く仕事を進めていた。
 拳法関係の行事の対応にも追われていた。道場のことだけでなく、休みの大半が何かしらの行事予定で埋まっており、体が休まる暇もなかった。

 そんな風に忙しくしている中で、心の癒しとなっていたのが、お嫁様と過ごす時間だった。やんちゃで明るいお嫁様のお陰で、大変な日々も何とか乗り切ることが出来ていた。

 だがしかし、そんなお嫁様を、私はまだまだ甘く見ていた。
 これ以上ないほど最高にぶっ飛んだことをやらかしてくれたのである。

 それは、忘れもしない2019年5月のことである。
 私が会社に出かけている間、私達が住んでいるマンションに、一人の営業マンが訪ねてきた。
 新築マンションのセールスマンである。
 場所は、私達の賃貸物件から歩いていける近所であり、この春に完成したばかりの新しい分譲マンションだった。
 その物件の説明を受けたお嫁様は、諸条件が彼女の希望と合致していたこともあり、マンション購入について非常に意欲的な態度を示していた。
 仕事から帰ってきた私は、お嫁様からその新築マンションのことを聞いて、とりあえず販売業者と詳しく話をしてみるか、と思った。
 私達が住んでいる賃貸物件は、正直、住環境としてはあまり好条件とは言えない場所であった。日当たりが悪く、湿気も溜まりやすく、お嫁様が幽霊を目撃したと言い出すくらいに淀んだ空気が漂っていた。そんな所に、賃借料を払い続けて住むよりは、同じくらいの月々の支払で、いっそ自分達のものとなる住宅を購入したほうがずっとお得に感じられた。

 さっそく、私達は販売業者の所へ行き、話を聞いてみることにした。
 もう埋まっている部屋はいくつかあったが、まだまだ空き室はあり、リーズナブルな販売価格のところから、約八千万円の最上階の部屋まで、選択肢の幅は広く残されていた。
 じゃあ、どの部屋を候補にするか。
 私は、背伸びせず、今住んでいる賃貸物件と同じくらいの月額で抑えられる部屋にしてはどうか、と意見を述べた。
 すると、お嫁様は納得いっていない表情で、パンフレットをパラパラとめくると、あるページを指さして、こう言ってきた。

「私、ここがいい」

 ヒッ! と私は心の中で悲鳴を上げた。
 それは約八千万円の最上階の部屋。ルーフバルコニーだけでなく、テラスもついており、間取りの広々とした3LDK。
 ローンの金額は、私の月収の半分以上を軽く超えてしまう。

「いやいや……! そこは無理だって! 身の丈にあった場所を選ぼうよ!」

 すっかりビビってしまった私のために、販売業者の営業マンも援護射撃をしてきてくれた。

「正直、眺めの良さというのは飽きるものですからね。無理なく長く暮らせる場所を選んだほうがいいですよ」

 そんな私達の言葉を受けて、お嫁様は渋々従いつつも、どこか思うところがあるような様子だった。

 そして、数日後――会社帰りに、打ち合わせをするため、販売業者の所へ寄った私に、向こうの営業マンがとんでもないことを告げてきた。

「今日、奥様が来て、手付金を納めていきましたよ」
「え⁉ それって、まさか――⁉」

 約八千万円の最上階。

 お嫁様は他の部屋では嫌だとばかりに、強引に手付金を出して、一番いい部屋で決めてしまったのだ。

 ローンの支払計画……今後の生活費……色々な考えが頭の中をよぎり、私は意識が飛びそうになった。

(ふ……ふふふ……結婚してから約半年……お嫁様のことをすっかり理解したつもりでいたけど、そんなことはなかったぜ……上等じゃねえかよ……とことん付き合ってやるぜ……このクレイジー・ワイフによぉ……!)

 あまりのことに自分の中でキャラ崩壊が起きながらも、なんとか気持ちを立て直した私は、そのまま最上階の一番条件がいい部屋で話を進めることにしたのである。

「ごめんね、私もお金出すから、どうしても最上階が良かったの」

 と言ってくるお嫁様に対し、私はグッと親指を立てて、無問題であることを示した。
 ただ、計算すると、お嫁様の援助があったとしても、三年後くらいには収支がマイナスに転じる見込みとなっていた。その三年の間に、何とかして、会社収入以外の稼ぎを確保しないといけない、という状況。
 となれば、自分にやれることは、ただ一つである。
 何としてでも、X社に出した『金沢友禅ラプソディ』を書籍化まで持っていき、作家業を軌道に乗せる必要があった。

(よし、頑張るぞ!)

 私は決意を新たにした。

※ ※ ※

 7月末、引っ越しが完了し、私達は新築マンションの最上階の部屋から、暮れゆく都心部の風景を眺めていた。

「ここに越してこれてよかった……!」

 目をキラキラと輝かせて、嬉しそうにしているお嫁様を見て、私まで嬉しい気持ちになった。
 正直、ローンの支払は大変である。それでも、これまで住んでいた賃貸物件で、ずっと窮屈そうにしていたお嫁様が、幸せそうにしているのを見て、ああ、ここを買って良かった、という気分であった。

 それに、自分としても、景色が良く、日当たりもいい部屋に引っ越すことで、何だか気持ちが上向きになるのを感じていた。
 ここを拠点として、もっと精力的に活動が出来る、そんな予感がしていた。

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