見出し画像

路地裏のリンカリンネ

 川沿いには今にもつぶれてしまいそうな木造アパートが連なっており、何だか南こうせつの曲に出てきそうな風景だと思った。先ほどまではいやに暑かったが、いつの間にか随分と涼しくなっていることに気がつく。川の冷えた空気を風が運んでくれているからだろう。
 木造の建物と建物のあいだの路地に何故だか強い興味を惹かれることがある。決して薄暗いところが好きだというわけでもないのに。狭い場所が好きってわけでもない。なのに、一体どうして?
 僕がいつまでも黙って路地の前に立ち尽くしていたものだから、リンカリンネは僕の足を軽く蹴った。
「なに立ち止まってるの? 行きたいなら行けばいいじゃない」
「確かにそれもそうか」
 日はまだ高く、時間にはゆとりが十分すぎるほどあった。少し道を外れるぐらい、別に大したことでもない。
「こういう路地に入るとさ」
 僕よりも先に路地に入って、先導してくれているリンカリンネが何やら言い始めた。真っ白いワンピースに赤いスニーカー。軽快そうにスキップ気味に進むリンカリンネはこの薄汚い路地には不釣り合いのように思えた。
「木の建物に圧迫されて死んじゃいそうって思わない?」
「思わない」
 僕があまりにも素早く否定したものだからリンカリンネは顔をしかめながら僕を一睨みして、先ほどよりも少し早いペースで前を進んでいった。
 足下には空き缶やらビニール袋やら煙草の吸い殻が転がっている。路地を形成している木造の建物はどこももう木が剥げかけてしまっていて、限界が近いということを匂わせている。
 僕はその年月のことを思った。色んな人がこの辺りには住み着いて、僕なんかでは想像もできないような生活がこの木造建築のなかで培われていたのだろう。その密度の濃い生活感というものがこの路地にはあふれている。僕はそれがたまらなく好きなのだと今更気がついた。
 路地を抜けると、リンカリンンネがむすっとした顔で立っていた。
「遅かったじゃない」
「ごめんごめん。ちょっと物思いにふけてた」
「ふーん。それで、捜し物は見つかったかしら?」
「捜し物・・・・・・って何?」
「その様子じゃまだみたいね」
 リンカリンネはにやりと笑みを浮かべて、またどこに行くわけでも歩き始めた。おそらく彼女の言う探し物なんてない。ただ適当に言ってるだけだろう。僕はリンカリンネの後ろを追いかけながら、リンカリンネの流れるような黒髪は、本当にきれいだなと思っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?