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自己肯定感を高めたい

久しぶりに友人と会って「YouTube見てたら一日が終わってる」という話で盛り上がった。確かに日々ってそういう感じでずっと進んでいく。その対策法として、PCを売るという話も出たが、結局はそれをしたところで端末がスマートフォンに変わるだけなのではという結論になった。一番いいと思ったのが、家のネット回線を解約してモバイルWi-Fiを借りる、というものだ。脆弱な回線になれば、YouTubeを一日中見続ける虚無的状態に陥らないだろう。どうだろう?

そういう風なYouTubeで一日潰すといったような、何をして一日を過ごしているのか自分でもわからないような日々がずっと続いている。
いつの間にか月日は過ぎ去っていき、気がつけば何も具体的な行動をしないまま2021年も終わりに近づいていた。

文章を書いてみようにも自分が何を書きたいのかわからず、無理やり書いてみても見返してみれば支離滅裂な言葉の連なりにしかどうしても思えなくて、すぐにcommand + Aからの流れるようなバックスペースで全て消してしまっている。そして怪文書しか書くことができなかった自責の念から、文章を書く時間が徐々に減っていって、いまはほとんど残っていない。
せめてYouTubeは見ないように、と心に決めたら今度はYahoo!ニュースばかりを見続けるだけの存在となってしまった。

おそらく人生を生き抜く上で一番大切なことは「自己肯定感を持つこと」なのかもしれない。今の僕に足りてないのは間違いなくそれだ。どんなに駄目で愚図な自分でも、他人から評価されなくても、せめて自分だけは自分のことを認めてあげたい。自分のことすら信じれなければ、何をやってもうまくいかない。自分を信じられないなら、自分が行う行動も、作り上げたものも、成し遂げたことも、自分から発生したすべてのものが信じられなくなる。だから結局何もできない人間になってしまう。そしてさらに自分を嫌いになっていく悪循環にさいなまれる。
世のなかの成功者は皆、自信に満ち溢れている。常に堂々として、自分の進む道に何の迷いもない。側から見たら、それは根拠のないただの過信のようにも見えることがあるかもしれないが、たとえ過信、さらには盲信の類であったとしても、自分を信じてあげられていることにはかわりない。

言葉で言うのは簡単であるけれども、実際にどのようにしたら自己を肯定できるようになるのだろう? もし人生がゲームだったらスキルポイントを自己肯定に割り振ってあげればそれで済むのだけれど、現実ではそうもいかない。ネットで調べてみても、「他人が自分をどう思うか考えないようにする」などと書いてあって、それを見て「よし、じゃあ他人が自分をどう思うか考えないようにするか」と切り替えられる人なんてまずいない。少なくとも僕は無理だ。もしそれで「他人が自分をどう思うか考えないようにする方法」とGoogleで検索しようものなら、その検索結果でもさらに検索をし、その結果でも……、と終わりの見えないトンネルのなかに迷い込んでしまうかもしない。

現状を鑑みるに、きっと「何もできていない」というのが僕にとっては一番の負の要因なのだろう。何か行動し続けて、後から自己肯定感が芽生えてくるほうが、人間の心理としても自然のように思える。単純明快。物事には原因と結果が存在するのだ。無理やりにでも行動しなければいけない。

YouTubeを見て一日を終えてしまうということへの対抗策として、「YouTubeを見ないようにする」という引き算が必要なわけではない。その裏で本当にしたいことは、きちんと自発的で生産的な行動をするという足し算なのだ。自分のなかで何かが引かれたからといって、自然と自分が求めていたものが足されるなんてそんな甘い話はない。

何か無理やり行動を、ということでこの支離滅裂な文章を書いているが、コンスタントに投稿し続けたいものである。

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